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2009年4月

キス、キス、キス・・・

『マトリックス』で主人公ネオがトリニティーのキスで蘇ったのは、「愛の力」の偉大さの象徴としては短絡的じゃないかというようなコメントをさせて頂きました。

その後考えたんですが、日本人と西洋人では「キス」に対する意識が違うんですよね。親愛の情や祝福の表現といった意味合いを持つ事を、日本人は感覚的に理解できません。

とはいうものの、別の「違和感」も感じたのです。トリニティーに「女性」を感じないのです。「戦士」で、ふくよかさが無いのも原因かも知れません。性を超えた存在というのならともかく、その後「恋人同士」的流れになったんだから、人間的な男女関係を意識したものだとは思います。

『マトリックス』にとって「人間的」というのはキーワードです。「恋愛」は人間臭い行為の一つであり、その為二人を恋に落としたんだとは思います。が、トリニティーが女性的でないため、気持ち的に馴染めないのです。その「違和感」が狙いであれば別ですが・・・。

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ジョン・レノンの『ダブル・ファンタジー』のジャケットは、ご承知のようにジョンとヨーコのキスシーンですが、これが実に美しい。オノ・ヨーコもどちらかというと骨っぽくて女性らしくないんですが、この写真映りは素晴らしいですね。人間臭い愛情から、象徴的愛まで大きな広がり(現実を超えた正にファンタジー)を見せてくれています。

こういうキスシーンだったら、『マトリックス』に違う印象も持てたでしょう。

ん?西洋人のキスシーン(片方日本人で、写したのも日本人だけど)でも日本人に伝わるって事かな?

いやいや、問題は「実行行為」として、気持ちに沿った正しい表現のキスができるか、って事かもね。

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経験

今年の誕生日で6歳になる、親戚の男の子が釘を踏んでケガをしました。

経緯を聞いてみると、「釘を踏んだらケガをするから危ない」というのは教わってたけど、“本当にケガをするのか試してみたかった”ので自分で踏んだらしいです。

軽率な行為には違いないですが、危ないと分かっていても、悪いと分かっていても、やってしまうのが子供です。

最近の子供は、お利口で真面目なので大抵の子は自分で釘を踏んだりしないでしょう。

でも私はなんとなく、親戚の男の子の奔放さが羨ましい気もします。

それと、今後彼自身が気を付けると同時に、他人を痛い目に合わせるような事もしないんじゃないかと思います。

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美しく生きる(4)

人間は楽しい体験をすると「ドーパミン」という物質が脳内に放出されるそうです。このドーパミンは、楽しい事が連続して起きた時より、苦しんだ後に楽しい思いをした方が、より沢山放出されるそうです。「苦労が報われる喜び」がひとしおなのは、どなたも思い当たる事があるのではないでしょうか?

私は大学時代ラグビーをやってました。当時はスポーツ系飲料もなかったし、考え自体も古かったので、厳しい練習中でも一切水分を摂るなと言われてました。練習が終わった後に飲む水は、ただの水道水なのに絶品の美味さで、未だにあの味に匹敵する水を飲んでいない気がします。

「欲望を消費するシステム」が横行している社会は、我慢や努力をした結果の快楽を得る場所とは言い難いです。常に適度な快楽が提供され、利用する側も取り敢えず気持ち好いから使っている感じです。嫌な事を避ける為に、楽しい事に目を向けているのかも知れません。これがひどくなると「何が楽しいのか」判らなくなり、集団イジメに走ったり、闇サイトで知り会ったヤツらと共謀して犯罪を犯したりするパターンにも繋がるのではないでしょうか?相手が苦しむ事で、自分が楽しめると捉えているのでしょう。しかしそれは、本来の人間らしい楽しみではないので、行為者側の精神の闇は深まり「負のスパイラル」に陥ち込んで行く気がします。

“パチスロの達人”になった動体視力に長けた青年が、何故その生活を止めようという気になったか、私なりに考えてみました。①周囲の人は負けたり勝ったりを繰り返しているのに、自分だけ勝ち続けるのが申し訳なくなった②勝ち続ける事自体が面白くなくなった。

①に着目すると、彼は“社会性”を考慮したといえます。②に着目すると、自分が得ていた“快楽”はドーパミンの放出量も少ない“有意義”な快楽ではないという事に気付いたのではないでしょうか・・・。

①②を合わせて考慮すると、彼は人間らしく生きる選択をしたといえるかも知れません。

『欲望する脳』で命題となっていた孔子の言葉「七十歳にして自らの欲望の赴くままに生きても倫理的規範を逸脱しなくなった」・・・ここでいう「欲望」は、自らの生きる糧になる欲望でしょう。所謂ドーパミンの大量放出に繋がる欲望=苦労(努力)を伴う欲望=目標達成欲かと思います。

「目標達成欲」というと、何か具体的な目標を設定する必要があるみたいですが、「目標」より「姿勢」の問題ではないかと思います。

よく「人間は何の為に生きるか?」という問い掛けを見聞きします。確かに「○○の為に生きる」と言い切る姿勢も素晴らしいとは思います。しかし私は、自分の性分も含めて「人間はどういう風に生きるべきか?」と考えたいです。もちろん両方の問いはシンクロする部分もありますが、生きる目標を見据える前に(あるいは見据えなくても)生き方を第一義に考えたいという訳です。自分の人生が終盤を迎えた時、充実した人生だったかどうか振り返るのも悪くないですが、それ以前に「今」を充実させて、命がこと切れる瞬間まで「今」を生き続ける方を選びます。その方が、有限な人生を無限に生きる事が出来るのではないかとも思うのです。

それでは「まとめ」として、『欲望する脳』をテキストにあれこれ考えて導き出した「人間はどういう風に生きるべきか?」という自分なりの「答え」を書いてみます。

結論を先に書くと「人間らしく生きる」となります。タイトルに掲げている「美しく生きる」を一皮剥いたものといえるでしょう。

せっかく得た脳科学の知識に絡めて、人間本来の脳機能を存分に活かすという視点からまとめてみます。

①「社会性」を意識する・・・人間が、社会(他人)と関わる事で自分を形成していくという点。重要なのは自分から関わっていくという姿勢でしょう。自分自身の日常が社会の動きに関連していると考えるだけでも違いが出ると思います。自ら社会性を意識しないと、社会に溢れる情報を受け止めるだけの、盲目的な「大衆」になってしまいます。

②ドーパミンをより多く放出する「快楽」を志す点・・・これも結局「これ面白いですよ」と与えられる快楽を消費するだけでは有意義なものにならない、という結論に繋がると思います。自分でアレコレ考えたり、苦労して得た喜びこそ、人間に備えられた本来の喜びといえるのでしょう。

①②合わせて考えますと、大量に送られてくる情報に惑わされず、「自分なりの○○」をベースに取捨選択していく姿勢が一つ。更に惑わされない為には、社会(他人)や諸事象に、イコールの立場で“存在”する事だと思います。上に立って解った気になってもダメだし、下に居ては翻弄されるだけです。

“快楽”を追求する場合も、自分が心底楽しめるものは何なのか自分なりの感性を元に探していく方が、「喜びを堪能する度合い」が深まると思います。それは苦難の後の快楽とは違うんじゃないかと言われるかも知れませんが、表層的な楽しみとは一線を画すと思います。“苦労”や“努力”がついて回るからです。

私は黒人音楽が好きなので、ネット上の友達も同じ傾向の方が多いです。しかし皆さん各々に違うフィーリングをお持ちです。理由は単純明快、人間が違うからです。もし情報として流されて来るものを受けるだけの音楽ファンなら、極めて表層的な皆同じような意見しか持たないでしょう。

又、社会とイコールの立場に立とうとするなら、気持ちに余裕を持つ事が重要です。私のネット友達は皆気持ちに余裕があります。「余裕」は集中力を生みますし、精神的フットワークも身に付きます。落ち着いた上にフットワークが軽いと、更なる快楽を追求できます。そしてドーパミンと共に新たな余裕を手に入れる訳です。

快楽を、与えられるままに消費するだけなら、余裕も持てず、顔の見えない「大衆」として一生を終わってしまうのではないでしょうか?

※まだ色々と書きたい事があるのですが、私の悪い癖で、どうも収拾がつかなくなってきました。一旦ここで話を終えます。また別の機会に纏められたら纏めようと思います。最後に2つの言葉を書いておきます。

マイルス・デイヴィス「問題は道具じゃない。その使い方だ」

ニーチェ「君たちは君たちの感覚でつかんだものを究極まで考え抜くべきだ」

(おわり)

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ダンスダンスダンス

暑いですよ、熊本。今月22日にはビアガーデンもオープンしますよ・・・。そよ吹く風がまだまだ有るので、「夏の予感」という表現が似合う気候です。

暑気払い、というには早いですが、ダンス曲を集めてみました。時代時代で色々なビートがあるんですが、やはり何か共通したものは有りますよね。「エンターテインメント性」といってしまえばそれまでですが、聴く者を楽しませるスピリットをヒシヒシと感じます。最近のR&B界はバラード偏重気味なんですけど、メリハリ重視のダンスビートは常に残って欲しいものです。

ちょっと有名曲中心になってしまいましたが、好きなのを選んで楽しんで下さい。ちょっとドタバタしてもご近所さんから苦情が出ない環境であることをお祈りします。
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2008年出会った音楽ベストテン(第3位~第1位)

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【第3位】アルジェブラ(Algebra)『パーパス(Purpose)』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622133#2622133

上位はなるべく新しい人にしています。オールド感覚と新しい感覚を持つというのが“条件”。アルジェブラは条件を十分過ぎるほど満たしています。こういう人がもう少し目立ってほしいのが本音です。

http://jp.youtube.com/watch?v=Euonfly2jZA

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【第2位】ジャヒーム『ザ・メイキング・オブ・ア・マン』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622100#2622100

期待以上の完成度。1位に出来なかったのは基本的な歌の上手さの差。

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【第1位】ジェニファー・ハドソン『ジェニファー・ハドソン』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622221#2622221

彼女に落ち着きます。ゴスペル畑はやはり強いです。どこもケチのつけようが無いです。

http://jp.youtube.com/watch?v=y05er2lEEXc

今回は一気に作ってしまいました。しかし決定はかなり悩みました。20位まで出したかったですがあえて10枚にしました。それも意味があるかなと思ったからです。2009年もコンピ物に涙し、新しいアーティストに驚きたいと思います。

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2008年出会った音楽ベストテン(第6位~第4位)

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【第6位】メアリー・J・ブライジ『グロウイング・ペインズ』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622100#2622100

愛しのメアリーは強引にランキングの感有り。いまだに聴いてゾクゾクするシンガー。もうこれはダメです。惚れた弱みです。

http://jp.youtube.com/watch?v=_zBhncc3xzs

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【第5位】ジーター・デイヴィス『アイル・プレイ・ザ・ブルース・フォー・ユー』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622235#2622235

ボビー・ブランドの艶を消し、塩辛くした感じ。「フォー・ユア・プレシャス・ラブ」は落涙必至。

http://jp.youtube.com/watch?v=O3R0L-EEh7A
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【第4位】V.A.『CAN'T BE SATISFIED: THE XL AND SOUNDS OF MEMPHIS STORY』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622235#2622235

コンピ物は大好物になってます。最近特に充実してます。

http://jp.youtube.com/watch?v=p3UIr9EmOkY

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2008年出会った音楽ベストテン(第10位~第7位)

全て新録ではありませんのでご注意ください。かなり泣く泣く落としたものがあります。

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【第10位】ジェシ・ベルヴィン『ブルース・バラディアー』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622086#2622086

この時代は心情的に弱いのです。どうしてもランキングしないと気がすみません。

【第9位】ライアン・ショウ『ディス・イズ・ライアン・ショウ』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2621907#2621907

前半よく聴きました。こんなオールド漬けで今後どんな展開をするのでしょう。

http://jp.youtube.com/watch?v=m2kPxI78eZE

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【第8位】ロゼッタ(Rozetta)・ジョンソン『パーソナル・ウーマン』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622180#2622180

ちょっと記憶が薄れ気味。パターンの変化がもう少しほしかった印象です。まあ、しかしもっと上でも良かったかも・・・。

http://jp.youtube.com/watch?v=3UNqJu98iHA

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【第7位】ラファエル・サディーク『ウェイ・アイ・シー・イット』

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/2622209#2622209

ホントに素晴らしいセンス。次のアルバムも楽しみ。

http://jp.youtube.com/watch?v=ecNnsTIBzWA

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美しく生きる(3)

『欲望する脳』には、現代社会の特徴として、「欲望を消費するシステム」の横行と並んで、「負のスパイラル」という概念が上げられています。欲望を消費するどころか、八方塞がりになり、生気のない人生を送ったとしても、「社会人」として成り立つ世の中だというのです。たとえ陽光降り注ぐ街中を歩いていても、当の人物の心模様は果てしなくアンダーグラウンドという訳です。そういう人は昔からいたでしょうが、現代は深度が深く、見た目にも判りにくいのかも知れません。アングラ人間は、犯罪者に繋がりやすい一面もあるでしょう。欲望の消費に夢中になるのとは対照的かも知れませんが、これもまた“醜い”生き方ではないでしょうか。

さて、読んで下さってる方は「美しく生きる」というタイトルをどうお感じでしょうか?私が提示しておきながら言うのもなんですが、胡散臭い感じはしないでしょうか?表現不足な気もしたんですが、敢えて“違和感”を発生したままにしておこうという気持ちもあります。

「美しい生き方」という定義を考える場合、最初の方でも述べた通り、自分の醜さを把握した上での「美しさ」であって欲しいのです。「品行方正」とか「落ち度なし」という完璧さを求めるものではありません。

人間本来の醜さや不安定さ、曖昧さといったものを無視して「美しく生きましょう」と訳知り顔に宣う風潮も、現代社会(というか歴史上の社会でも)に見られるんじゃないかと思います。これの恐い所は「教条主義」からカルト化に走り、盲目的な人間を造り出す可能性が有る事です。

社会主義が“崩壊”した理由には「教条主義」を徹底し過ぎた一面もあるらしいです。所謂「ああしなさい」「こうしなさい」が多過ぎて、その裏で、本来なら平等な社会が実現しなければならない所、甚だしい「貧富の差」が発生していたのが崩壊に至るヒビ割れの一つになったそうです。

現代社会を視野に置いた発言ではなかったかも知れませんが、日本は「最も完成された社会主義」という説があります。日本国民の「右へ習え体質」を揶揄したものだと思います。接客業のマニュアルみたいに細かい指示を与え、受け側もマニュアル通りにやる事で安心する一面が有ります。余りにマニュアルに忠実にやると、小学生が来てもヤクザ者が来ても何ら変わらない対応になり、現実的でなくなります。

マニュアル云々を抜きにしても、理想的な仕事の進め方は、やるべき事の“ポイント”を把握して自分なりに考えて“応用”していく事だと思います。そうすると、たとえ因縁を付けに来た客でも応対が出来る筈です。

マニュアルは、まるで階段を昇るように“整然”と積み重ねてありますが、実際の仕事や人生がトントン拍子に行く訳がありません。突然、落とし穴が現れたり、急な坂を四つん這いになりながら登らなければいけない時もあります。

そして、落とし穴や急坂を体験した方が充実した人生になると思います。

欲望を消費するだけの人生も、アンダーグラウンドな思いしか抱けなくなった人生も、マニュアル頼みの人生も、どこか虚しい気がします。

では、どんな人生が“美しい”のか?もう少し続きそうなので次回に回します。

(つづく)

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美しく生きる(2)

動体視力に長けた青年が、パチスロやスロットで、必ず数字を並べる事が出来るので、それで生計を立てていたという話。不正行為ではないので店側が追い出す訳にはいきません。器械を改良(店にとっての改良)して、ボタンを押す方式を止めるとかするぐらいが関の山でしょうが・・・多分こういう人は少数なので店の経営を揺るがす事にはならないでしょうから、何も手を打たないんじゃないかと思います。すると青年は儲け放題となります。

幸いにも彼は自分の“醜さ”に気が付いた様子で、いつまでも続けるつもりはないみたいな事を言ってたと思います。

彼のように、自分の“労働”がいくら能力を生かしたものでも美しくないと気付けば良いのですが、甘い蜜を吸うのを止めるには勇気が要ります。

彼には罪はないのです。パチンコ業界の過当競争が生み出す甘い蜜が問題なのです。更に言うなら、パチンコ業界が悪い訳でもないと思います。「もっと玉を出せ」というニーズが有っただろうし、生き残る為には「小遣い銭を稼ぐ程度の遊び場」ではどうしようもないのです。「欲望を消費するシステム」には限りがないし、誰彼が作ったというものではなく一種の“ムーヴメント”だと思います。それに乗る乗らないは個人の自由だし、乗るんだったら自分でコントロールする姿勢が肝要だと思います。

脳には欲望を規制する働きもあるそうです。「欲望を消費するシステム」が横行している世の中では、自己規制も掛けにくい状況だと思います。脳が本来持つ「脳力」を発揮できるかどうか(規制機能の発揮)という問題も出てきます。その為には何が必要かというと「教育」でしょうか?「道徳教育」?・・・それも有意義かも知れませんが、「脳力の発揮」という事を考えるなら、先ずは「育児」ではないでしょうか?

赤ちゃんの段階の人間は、母親や周囲の物を触る事で自分の存在も確認していると言います(ダブルタッチ)。母親からの積極的なスキンシップに努めると共に、赤ちゃん自身の自発的な動きを見守りフォローしてやるという“ごく一般的な育児”で十分「脳力」は発達すると思うんです。

育児放棄(何もする気がない)と過剰な干渉(こうしなければいけない)というのが、「脳力」にとってマイナスな手段の両極じゃないかと思います。この範囲内を試行錯誤しながら、赤ちゃんと共に歩む意識があれば、いっぱしの人間に育つんじゃないかと思います。あくまで私個人の意見です。

「育児放棄」というキーワードから「負のスパイラル」、「子供への過剰な干渉」から「教条主義・マニュアル主義」へと論を展開したいのですが、長くなりますので次回とします。

(つづく)

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美しく生きる(1)

かつて「村上ファンド」の村上某が、「金を儲けて何が悪い」とうそぶきました。彼の場合は犯罪の疑い有りとされた訳ですが、法に触れなければ金儲け至上主義は成り立つのかという思いに捉われました。大抵の人が「反感」を持ったと思いますが、「反感」の大元には「倫理的観念」があるんじゃないかと思います。強欲は慎むべきといった“教え”に思いが至るのでしょう。なぜ、その“教え”に従う人が多いのでしょうか?強欲は、罪だから避けるのではなく、醜い行為だから避けるのだと思います。なぜ“醜い”と厭なのか?自分自身の精神(心持ち)が乱されるからだと思います。「気が済まない」んでしょう。

もちろん人間である以上、強欲や我が儘が全く表面に出ない人の方が珍しいです。そういう醜い部分を意識しながら、美しく(真っ当に)生きていくのが大抵の人の人生だと思います。ある意味自分の醜さに気付く事が美しい姿勢かも知れません。

「醜い行為」という概念、茂木健一郎著『欲望する脳』から拝借しました。更にこの本によると、人間の脳の働きの中には、他人を鏡にして自分の存在を自覚するというものが有るそうです。また、4歳ぐらいで自分には感情が有る事を自覚する(感情をコントロールできる)と同時に、他人にも感情が有る事に気付くそうです。

脳の働きというと、その持ち主に関する能力を高めていくイメージが有りますが、社会性(他人との関わり)を重要視している側面があるんですね。もっとも、よく考えれば社会性を無視して本人の成長は無いでしょうから、方向的には一緒になるわけですけど・・・。

しかしながら、人間は機械ではないですから、プログラム通りに動く訳では有りません。自我の強烈な形態ともいえる「強欲」が、人間の心に芽生えない筈がないというのは先述した通りです。

真に問題なのは、強欲に走ってしまう事より、自分の行為が強欲の結果である事に“気付かない”事でしょう。自分の醜さが判らないのです。
『欲望する脳』によると、IT技術が発達した現代社会だと、倫理的観念に抵触する行為(醜い行為)が判りにくくなっているそうです。「欲望を消費するシステム」が横行し、あまりにも簡単迅速に使える為、使用者側に“分別”が付きにくくなっているそうです。ワンクリックで儲ける金と、汗水垂らして手にする金では同じ金額でも、人間の精神内では等価ではないという事に思いが至らないのです。

「投資」は相手企業にも出資者にもメリットが発生するそうですが、「投機」は行為者(と仲介者)のみにメリットが有り、しかも儲けた人間が居れば、へこむ人間が必ず居るそうです。前段で「ワンクリックで儲ける金」と表現したのは、「投機」も含まれています。しかし、茂木さんも触れてましたが、「投機」している人が非難されるべきかというと、そんな事はないと思います。社会システム上認められているからです。ただ、バブル時代の不動産取引みたいに、いつの間にか綻んでいくような気もします。サブプライムローンも、取引の対象になって、散々儲けた人間(会社)がスッと手を引いた為、ガタガタになった面も有るそうです。

(つづく)

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【試聴記】キーシャ・コール『ア・ディファレント・ミー』

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※邦盤タイトルは『ディファレント・ミー』ですが、原題には“A”が付いてましたので、上のような表記にしました。

キーシャ・コールは俗に、メアリー・J・ブライジの後継者的捉え方をされています。どうも、その発想自体が私は気に喰わなくて、デビュー・アルバムもまともには聴きませんでした。というか試聴してもピンとこなかった経緯もあります。

今回新作を試聴して、メアリー云々を気にしなければそこそこの完成度だなあと思いました。確かにメアリー流の感覚が聴き取れる部分もありますが、基本的には比較の耳に拘らない方が彼女の世界に浸れるようです。

序盤はドラムとベースが強くフィーチャーされている感じ。このドラムの疾走感、私は好きです。ただ、音がデカ過ぎてヴォーカルの邪魔になっているキライも有り。但しヘッドフォンだからかも知れないです。カーステレオで聴いたりすると、心地好いドライブ感が得られそうです。

中盤はゲスト陣とのコラボ。アミナ・ハリス、ナズ、2パック(!)、モニカといった面々。ここは、まあ普通な感じ。2パックは相変わらず存在感有るなあ等と、関係ない事に思いが至るようなレヴェルの出来です。不快じゃないけど超快適とは言えません。

終盤の曲群が、私は一番落ち着いて聴けました。彼女の事を“プリンセス・オブ・ヒップホップ・ソウル”(因みにメアリーはクイーン。この辺の安易な転用も気に喰わない)と称しているようですが、“ヒップホップ・ソウル”には2つのタイプが有るんじゃないかと思っています。どちらを主にするかという問題。ヒップホップの乗りを保ちながらのソウルフルな歌唱か、歌主体の脇で微かにヒップホップの香りがするか・・・私は後者の方がより好きです。私流に表現すれば「ソウル(R&B)withヒップホップ」という感じです。このアルバムでいえば正にそれが後半に集中しています。11曲目や14曲目は特に気に入りました。ただここでもメアリーと比較してしまうと、エキセントリックな部分が足りないとか、キーシャの魅力とは本来関係ない部分に耳がいってしまいます。キーシャはメアリーよりシンプルな代わりにハスキーな声を持っていて十分聴き応えは有ります。14曲目あたりもメアリーが使いそうな「エ・エ、オ・オ」といったフレーズが出てきますが、乗りの質自体が違う感じです。メアリーはヴォーカルが完全に“リズム化”しているような独特の乗りを持ち、それが彼女の歌唱力不足を補ってきました。キーシャはそこまで純化はしてないですね。ただ乗りが好いという程度です。

野球の投手にたとえると、メアリーは最早ヒップホップ・ソウルを「決め球」としては発揮していません。カウントを稼ぐ程度の使い方です。キーシャも出来れば一回り広い範囲に広がった方が彼女の魅力が出せるかも知れません。そのヒントはこのアルバムに有ると思います。序盤・中盤・終盤の特長を再度シャッフルすれば面白い事になるような気がするのです。

買わなきゃ損をするアルバムではないけど、買っても損はないアルバムです。

http://www.keyshiacole.com/

http://jp.youtube.com/watch?v=w7GvNuZEKvM

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左眼の伝説

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R&Bシーンのガールズ・グループ乱立期に、一際輝きを放ったTLC。アイドル的要素と本格的アーティストの流儀を兼ね備えた三人娘でした。ラップ担当だったリサ・“レフト・アイ”・ロペスは残念ながら02年に自動車事故で亡くなっています。2枚目のソロ・アルバムがそろそろ出来上がるというタイミングでの悲劇でした。7年以上経った今月17日、未発表録音集として『アイズ・レガシー』なるアルバムが発売予定です。2パックら<デス・ロウ>陣やミッシー・エリオットの協力で出来上がる予定だったものです。

思い起こせば、私の衝撃的TLC体験はテレビ番組ででした。それまでは、聴かず嫌いとまでは言いませんが、アイドル的な部分ばかり気にしてレコードは持っていませんでした。しかしそのライブ番組でのエンターテイナー振りにすっかり魅せられました。

宇多田ヒカルの初ライブに、モニカとTLCがフィーチャーされるというもので、私はモニカを楽しみにしていました。しかし、思ったより感動しなかったモニカに対し、TLCのステージは、黒人音楽の基本的要素であるエンターテインメント性を具現化したような、楽しく熱いものでした。ラップ担当のリサも、切れ込み鋭く、動きも溌剌としていました。すっかり気に入った私は『ウォーターフォールズ』だったかアルバムを買いました。内容的には満足いくものだったんですが、あのライブの衝撃とはまた違うものでした。モニカが、録り直しが聴くアルバムで、気の済むまで歌のテクニックを発揮できるタイプなら、TLCは一撃で聴く者を圧倒し、夢中にさせる「ライブ・グループ」だといえるかも知れません。メンバーのT・ボズが、黒人に多い、鎌形赤血球貧血症という病に罹り、ライブが出来なくなった時点でTLCも終息に向かったのかも知れません。リサが不慮の事故で亡くなった時に、T・ボズが亡くなったのかと思ったぐらいですから、いずれにしても終わりは来てしまいました。

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もっとも「TLC」自体は暫く二人で活動した後、05年に新人を加え存在はしているようです。 リサ・“レフト・アイ”・ロペスは大変活動的な人だったようで、TLCと平行してソロアルバムを出したり、レーベルも立ち上げブラック・アイヴォリーというある程度の評価は得ているグループもデビューさせています。“レフト・アイ”というニックネームの由来は今回調べたのですが、ハッキリとは分かりませんでした。写真のように大変目がキレイな女性で、とりわけ左目の方がよりキレイだったので付いたという説。もう一つはユニークでいつもメガネを掛けていたのですが、フレームの左側にコンドームをぶら下げていたらしいです。TLCの初期までやっていたとの事です。これはフアッションやジョークではなく、彼女自身「セイフティー・セックス」という考えの持ち主だったそうです。

彼女は自分の事を「人間として完璧ではない」と言ってたそうですが、私生活も破天荒で、恋人のアメフト選手の家に放火したり、トラブルを招くこともしばしば有ったようです。もう少し自分を大切にして、結婚して子供でも出来たら、きっと素敵な大人の女性になったんじゃないだろうかと勝手に思ってしまいます。ミッシー・エリオット辺りとガッチリ組めばラッパー、アーティストとしても名は成せたと思います。残念ですね。

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ロバート・ジョンソン、第3の写真?

『ブルース&ソウルレコーズ』誌に載っていたロバート・ジョンソンの第3の写真発見の記事を追いかけてみました。『Vanity Fair』という雑誌に掲載されたものです。

http://www.vanityfair.com/

↑上のサイトの右上に検索ボックスがありますので、"Robert Johnson"で検索すると何本か記事が出てきます。3番目に問題の写真があります。更に、1番目には既存の写真との比較が載っています。英語力がないので内容には触れられません。

鼻筋が通ってるのと、ちょっと目が垂れ気味な気もするのですが、写真の角度もあるでしょう。斜視だし、何といってもあの特長的な細くて長い指は間違いない気がします。ジョニー・シャインズと一緒に写っているので名のあるミュージシャンなのも間違いないでしょう。

ブルース・ファンとしてはこういう話題でも嬉しいもの。出来ることならば、あの長い指が動くところを観てみたいものですねえ・・・がく~(落胆した顔)

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春のブルース祭り

YouTubeもよく探せば色々あります。何となくモダン・ブルース系のギターもの中心に集めてみました。

♪オーティス・ラッシュ。気をつけ!
http://www.youtube.com/watch?v=Uy2tEP3I3DM

♪最近かつてのジャパンライブが再発され、再評価なるか?エディ・テイラー
http://www.youtube.com/watch?v=xC8PNmxOY9I

♪渋めのフィリップ・ウォーカー
http://www.youtube.com/watch?v=7vrnszv0R4w

♪若い頃は、保守的な人からは敬遠されていたルーサー・アリソン。歳を取るとアグレッシブさが渋みとほどよく調和しています。
http://www.youtube.com/watch?v=s7iMLoV0lbE

♪この人にしか出せないギターのトーン。やはりアップ曲が好いなあ、アルバート・コリンズ
http://www.youtube.com/watch?v=ihvvf1R_vWo

♪ハウスロッカーズの映像があったのね。ハウンドドッグ・テイラー。私は断然スタジオ録音よりライブ盤の方が好きです。
http://www.youtube.com/watch?v=0RA8NyvzIWk

さて、2月にはスヌークス・イーグリン、3月にはエディ・ボーとニューオーリンズを代表する二人のブルースマンが亡くなっています。本来なら追悼記事を書かねばいけない所ですが、とりあえず映像で偲びましょう。

♪一音一音がクリアで、実にテクニシャン。ギター・マエストロとも呼びたくなるスヌークス・イーグリン。
http://www.youtube.com/watch?v=tLTY_MQM6Qc&feature=related

♪どんな形容詞も陳腐に聞こえる存在感。エディ・ボー。
http://www.youtube.com/watch?v=VumXNsb8Fv8&feature=related

ブルースとゴスペルは黒人音楽の芯の部分に息づいています。ブルースほど簡単に演奏できて、アーティストのレベルが判るジャンルも珍しいです。ブルースに関しては色々なライブを観てきましたが、アマチュアでも鳥肌が立つし、プロでも唾棄したくなる演奏があります。アーティスト本人の“ブルースに対する想い”がどれだけ伝わるかというのがポイントなんですよね。ブルースは全ての音楽に通じる鍵でありながら、最大の謎でもあります。ただハッキリ言えるのは一生付き合える音楽だということです。

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米粒のちから

Y
日本のブルースバンド「憂歌団」は結構好きです。本場アメリカでも絶賛を受けたバンドですが、極めて日本的な雰囲気を持つバンドだと思います。だからといって所謂フォーク系ともロック系とも一線を画す、確かにブルースバンドです。

日本語で歌う日本人だから、と言われればそれまでですが、実は洋楽全般に影響を受けている日本人アーティストが日本人らしさ(あるいは自分らしさ)を出すのは難しいと思うんですよね。変にマネで終わってしまう恐れがあります。マネでもレベルが高ければイイんじゃないかと思いがちですが、オリジナリティーというモノサシで捉えると物足りないのです。

憂歌団がアメリカで受けたのは、ブルースの演奏が上手かったからではなく憂歌団らしさが国境を越えて受け入れられたからだと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=6OKxfEz8Ytk

http://www.youtube.com/watch?v=CL8W8VGWKwc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=NvwxQVBGZYo

http://www.youtube.com/watch?v=bjnNiRcNe-E&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=iPCy1HT_wSA

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フォー・ユア・プレシャス・ラブ

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ジーター・デイヴィスのアルバムを聴いていたら、ジェリー・バトラー作の「フォー・ユア・プレシャス・ラブ」がやたらと感動ものです。淡々とした歌い出しながら力感のある塩辛声。シャウト部分がピークになると馬のイナナキのような声を発しますが、その強烈さは切なさと深い感動を同時に連れてきます。

他にはどんな名歌唱があるかと調べてみました。

♪ジーン・ヴィンセント
http://jp.youtube.com/watch?v=n2fQSIptAbk

まずはウォーミング・アップ!

♪ジェリー・バトラー
http://jp.youtube.com/watch?v=eC8GCb4LhZ4&feature=related

2007年のライブ。深いよ。

1054642472_174s
♪ジェリー・バトラー&ジ・インプレッションズ
http://jp.youtube.com/watch?v=aKx6vueMmI0&feature=related 

整然としたコーラスなんだけど温かさが伝わります。何事も本家は強し、か。ソウルが“化粧”を始める前のスッピンの美しさだね。

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♪リンダ・ジョーンズ
http://jp.youtube.com/watch?v=ZY7fZ95XfMY

今回一番気に入ったかも。語りが長いけど是非シャウト部分まで聴いて下さい。昇天もの。

♪オスカー・トニー・ジュニア
http://jp.youtube.com/watch?v=pD8weG83kio&feature=related 

切なさという点ではこれかな?

♪ガーネット・ミムズ&エンチャンターズ
http://jp.youtube.com/watch?v=M59G2U1KdDE&feature=related 

映画のサントラのようですね。ガーネット・ミムズはネームヴァリューが今ひとつだけど中々ですよ。

♪ジャッキー・ウィルソン&カウント・ベイシー
http://jp.youtube.com/watch?v=Lt0MBmHT8xo

これは面白い。磐石の演奏にジャッキーのエキセントリックさがチラチラ匂う所が独特のスウィング感を出しています。

♪アーロン・ネヴィル
http://jp.youtube.com/watch?v=ONT_mf3q1QE&feature=related

聴く前に予想が付くんだけど納得してしまうのがこの人。

♪オーティス・レディング
http://jp.youtube.com/watch?v=WASo7DKwsP4

思わず黙祷してしまいました。

♪歌詞
http://www.metrolyrics.com/for-your-precious-love-lyrics-jerry-butler.html

よく解りませんが、大切な女性への愛の向こうに“神”がいるんでしょうね・・・。

今回探す過程でマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルで有名な「ユア・プレシャス・ラブ」のカバーもアレコレ見つかりました。ディアンジェロ版とか中々ですね。その内に集めてみたいと思います。こちらはアシュフォード&シンプソン作。   

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スペンサー・ウィギンスのゴスペル・アルバム

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サザン・ソウルの聖地の一つ<ゴールドワックス>を、O・V・ライト、ジェイムス・カーと共に支えたスペンサー・ウィギンス。昨年でしたか一昨年でしたか<Pヴァイン>からも編集盤が出ていました。

現在はゴスペルシンガーとして活躍しているそうです。新作のサンプルをCDBabyで聴いてみました。タイトルは『アイム・ゴーイン・オン』・・・私は歌い続けるみたいな感じでしょうか?CDBabyの解説に「カーク・フランクリンタイプのゴスペルも有るけれど、私は昔ながらのゴスペルをやる」みたいな事が書いてあります。その言葉通りの、クラシックスタイルともいえる典型的ゴスペルの世界が繰り広げられています。その為あまりゴスペルを聴いたことが無いと少しキツイかも知れません。ゴスペルに親しんでいれば古き良きゴスペルの音世界に浸れます。特に4曲目とかはソウル・スターラーズとか両ファイブ・ブラインド・ボーイズとかのヴィンテージ期のゴシック感を感じます。 あえてゴスペルから少々離れるかなというのを探すと、ブルース調の3曲目、ややソウルの5曲目、アコースティックソウルともいえる8曲目、女性コーラスが甘めの10曲目、アーヴァン調の11曲目辺りですが決してゴスペルアルバムの範疇を超えている感じではないです。

カーやO・Vと比べると、声の分厚さではハードなゴスペル向きともいえるウィギンス。今後も頑張ってほしいものです。

プロデューサーはThomas Demeritteなる人物。マイアミの<Tavette>レコード発です。

♪サンプル
http://cdbaby.com/cd/wiggins2/from/streasures

♪内容
http://diskunion.net/black/ct/detail/58C081113702

♪サイト
http://home.online.no/~rblomqui/swiggins/index.htm

♪これはソウル時代について書かれた物。私好みの熱い記事です。ぜひご一読を。
http://www5c.biglobe.ne.jp/~ssweet/SPENCER.htm

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彼女はブラックホール

♪「イフ・ユー・リーヴ」
http://jp.youtube.com/watch?v=s691tXk-Pso

♪PV・・・最初Youtubeにも出てましたが削除されたようです。
http://www.musicvideocast.com/2008/10/musiq-soulchild-ft-mary-j-blige-if-u-leave-video.html

ソウルチャイルドの声は柔らかくて甘いので、メアリーの尖った声に合いそうだなとも思ったのですが、聴いてみたらメアリーが強いですね。ソウルチャイルドが「露払い」程度に思えるほどメアリーの独壇場になっちゃってます。相変わらずリキ入り過ぎなのです。この曲だけメアリーのアルバム内の曲かと思ってしまいます。PVでもラストはメアリーの方が堂々と立ち去るところがなんとも・・・。

まあ、考えてみればメアリーはデュエット向きの歌手ではないですね。人に合わせて歌う事はもちろん出来るんでしょうけど、それだと却ってメアリーらしさが感じ取れなくなってしまう気がします。ある意味「孤高」の歌手ですね。 メアリーが彼女らしさを出しながらデュオるには同系統の女性歌手か、男だったらハードシャウタータイプかなと考えてたら、K-ci・ヘイリーを思い出しました。この「元彼」というか「昔の男」ぐらい荒々しいと彼女の入魂度に見合うようです。しかし、改めて聴いてみると、この頃は彼女の方があまり歌が上手くなくどちらかといえばリズム曲に本領を発揮していましたんで、逆にK-ciを立てている感じです。ルックスもヒップホップ姉ちゃんといういでたちで、ソウルチャイルドのPVに出てくる「大人の女」然とした部分は出てません。そうねえ、最近のメアリーと絡めばK-ciもまた元気を取り戻すかも・・・。

♪ライブ映像
http://jp.youtube.com/watch?v=H2t1tHiYDXs

♪CDのロング・ヴァージョン
http://jp.youtube.com/watch?v=71Ziv4ycqXY

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時の流れに身をまかせ

1062183648_89s コップに水が半分入っている場合「まだ半分」と考えるか「もう半分」と考えるかという例え話があります。通常は「まだ半分」と捉え前向きに生きるみたいな展開となりますが、「もう半分」と考えたって「水を大事に使おう」と前向きになるんじゃないかとちょっとひねくれた考えが浮かびます。なぜそう思うかと自問自答してみました。そもそも物事を「量的」に捉える姿勢が嫌いなんだと思います。「コップ」という閉じた空間をイメージするのも嫌いです。

人は自分の終わりを意識しないで(できないで)生きるものだと思います。ナイーヴな問題なので他意はないことをお断りして書きますが、たとえ余命を宣告されたとしても、ピタリと宣告通りには人生は閉じられないと思います。少なくとも死ぬまではその人は生き続けます。

人生において、自分が閉じられた空間に入り込んだ、水の量が見えたと思う事が時にはあります。でも本当はそんなものはないんです。実際に人間はいずれ死ぬんですけど、人生を生きる上では(思いの中では)死なないんだと思います。実際に時間は過ぎて行くし、歳は取っていくんだけど、だからといって怖れを感じる必要はないし、死ぬまで生きれば良い事と、達観めいた思いにも至ります。そこまでくると、子供のような自分の屈託の無さに、また出会えるんでしょうね・・・。

♪オールタイム世界の歌姫ベストテンには入るんじゃない?
http://jp.youtube.com/watch?v=GxXQuk54fDs&feature=related

♪「時」をテーマにしたもう一つの好きな歌
http://jp.youtube.com/watch?v=nItr172GOYM

1062183648_42s

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孔子とニーチェ

最近本を2冊買いました。まだ読み終えてませんが、慨略紹介という形で書いてみます。

J
●茂木健一郎著『欲望する脳』(集英社新書)

http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0418-g/index.html

孔子の『論語』に「70歳にして、自らの欲するままに生きながら、倫理的規範を逸脱しない域に達した」というような一文が有るそうです。本来「欲望」は「倫理的規範」によって制御されています。脳の働き上も、同様の制御機能が有るそうです。つまり、欲望のままに生きたとしたら、倫理的規範の枠内には収まり切れるものではないという事です。となると、孔子の言葉の真意は何なのか?・・・この疑問を軸に論理が展開されるようです。

現代社会は、便利な分だけ我慢をする必要もなく、欲望が、易々と、激しく消費されています。そんな時代に孔子の言葉はどんなメッセージをもたらすのか?「脳科学」という、人間の行動の源泉を“具体的”に説明してくれる学問をモノサシに、興味深い話が展開されるようです。

O
●斎藤孝著『座右のニーチェ』(光文社新書)

http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=01000000...

著者は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を常に手近に置いて“日常的”に読んでいるそうです。ニーチェと他の哲学者の違いは、実生活を視野に入れている部分だそうです。日めくりカレンダーの格言をもっと深遠化したものといえるでしょうか?恐らく、各人が自分の人生に於いて経験した事の、不確かな様相を明確化するパワーがニーチェの言葉には有るんじゃないかと思います。私も、昨年でしたか「世の中には真実はない。ただ無数の解釈があるだけだ」というニーチェの言葉を知り、文章を書く時の“出汁”代わりにしています。書く内容が、他を寄せつけない“絶対的”なものにならないよう、自分なりに心掛けています。

ところで、孔子も「生活知」と表現できる、俗世間で生かせる思想の“導師”だそうです。

私は、『論語』も『ツァラトゥストラ』も読んでおらず、孔子やニーチェに関する知識も皆無に近いですが、高邁な思想以前に、人間臭さを感じる地平から紡ぎ出された言葉であるという点に非常に興味が有ります。

そういえば、茂木さんと斎藤さんも、高い知性の前に取っ付き易さを先ず感じる「知識人」ですよね。

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ご自由に

今朝起きると、天の声が聞こえました・・・「ご自由に」。

今更ご自由にと言われなくても結構好き勝手にやってきました。私は目標を立てて頑張るタイプではないです。受験勉強とか仕事とか「目標」が必要な場合は別ですが、あまり自分がどういう風に生きようとは思った事がないです。何となく目の前に道が現れ、その都度「反応」しながら日々過ごしてきたように思います。ただ、周りに流されるのではなく、自分なりにベクトルを決め納得して進んできたつもりです。

「ご自由に」と誰に言われなくても、今後何歳になっても「自由」にやっていくつもりです。何歳でも「ご自由に」。「ご自由に」何歳でも。「ごじゆうに」何歳。「ごじゅうに」歳。52歳・・・わわわわわ。今日誕生日だった。52じゃ!こんな下らないこと書いてて良いのか?仕方ないです。性分です。

年齢なんてただの数字。気持ちはいくつになっても変わりません。今後とも宜しくお願いしま~す。

http://www.youtube.com/watch?v=Ebm10MkLlnQ

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遥かなる影

Ha

昔の洋楽や洋画にはよく「邦題」が付いてました。今は原題をそのまま提示する場合が殆どで、それどころか日本の歌に英語のタイトルが付くケースが多く見られる気もします。

曲が良ければイイんじゃないという考えもあるでしょうが、日本人としては、日本語の魅力を感じられたり、曲の感触をタイトルから得られるものは素敵だと思います。せめて日本の歌には日本語のタイトルを・・・と思うのは旧世代の呟きなんでしょうか?

日頃洋楽ばっかり聴いていますが、曲のタイトルを覚える事は殆どありません。「曲」を意識しては聴いてないからでしょう。それでも最近はネット友達との会話で曲名が必要になる場合もありますので、だいぶ以前に比べたら覚える傾向にはあります。日本の歌を聴く場合は反対に「曲」として聴くケースが多いようです。アルバムを買わないからでしょうね。それだけにタイトルとか気になっちゃうのかも知れません。

邦題の話に戻しますが、原題とはかけ離れているのも時々ありますよね。私が洋楽を聴き始めた頃(つまり音楽を聴き始めた頃)好きだったカーペンターズの曲に「遥かなる影」というのがあります。原題は"Close to you"です。意味的には「開いている扉が閉じるように貴方に近付いていく」というニュアンスだそうです。ちょうど歌詞が表示されている動画が探せたので観てみると「自然界の鳥や星も私と同じように貴方の下に集まってくる」みたいな超ラブラブな歌詞です。「遥かなる影」に値するような歌詞は出てきません。でも、このソフトで靄がかかったような曲調は「遥かなる影」という言葉に合う感じもします。どんな思いでこの邦題を付けたのか教えてほしい感じ。そんな思いを抱けるのも「邦題の魅力」といえるでしょう。

http://www.youtube.com/watch?v=TSklipQLaT0&feature=related

因みにこの曲はカーペンターズのオリジナルではなく、名匠バート・バカラックの作品でした。カーペンターズほど、他人の曲を自分の歌のようにしてしまうアーティストはいないでしょうね・・・もちろんホメ言葉ですよ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%99%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%82%8B%E5%BD%B1

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センスに出会う旅

大学時代にラグビーをやってました。チームメイトに超グータラが一人いました。遊びに行っても寝ている事が多く、布団の中から「ちょっとそこのタバコ取って」とか言うようなヤツです。スポーツをやってる体格にも見えず、ヒョロッとしているくせに食いしん坊なので腹がポコッと出てたりしてました。いつもかったるそうにして自転車転がしてました。

ところがコイツがやたらと足が速い。別に高校時代陸上をやってた訳でもないんですが、なぜか速い。ラグビーでは、足が速いヤツはウイングといってバックスの一番端っこのポジションに大抵付きます。そいつもウイングで、球を受け取ってからグングンスピードが乗り、相手を振り切ってトライしたりすると中々の見ものでした。またコイツがトライすると自慢げな顔をするのが憎たらしかったですが、戦力だから仕方ありません。

彼にとって「足が速い」という事は、自分に自信をもたらすアイテム(の一つ)だったと思います。その後、足の速さを生かす職業に就いた訳ではないですが、走力を生かして活躍できた事実は一生残っています。別に「過去の栄光にすがる」とかではなく、精神的な財産になっていると思います。

彼に負けずグータラな私が、今の仕事を続けようと思ったキッカケになった上司の言葉があります。「結局この仕事センスだよ」というもの。「センス」というとクリエイティヴな仕事かと思われそうですが、極めて男っぽい地味な仕事です。私はこの言葉を聞いてからというもの「センスって何だろう。どうしたら発揮できるんだろう」と考えながら現在に至っているような気がします。今自分なりに出してる答えは「自分の個性を生かしながら状況を見極め反応する」というものです。「個性を生かす」というのはそのまま生かす訳ではなく、個性を知ってパワーにするといったニュアンスです。これだと一見仕事と関係の無い「個性」でも仕事に生かせると思うのです。この事に気付いてから自分なりに成果を出せるようになった気がします。よく自分の個性を生かせる職業に就きたいという発言を聞きます。でもどんな職業でも場面場面で事情が違います。「完全に個性が生かせる」というのは殆ど難しいと思います。それに、あまり拘りすぎると現実との開きが気になり、最悪の場合挫折につながります。もちろん「理想の職業」を目指すのは素晴らしい姿勢です。目標を持つ事は頑張りにも繋がります。ただ、考え方として「個性を生かす職業を探す」というより「職業の中で自分の個性を生かす」とした方が、スムースに行くと思います。口下手に営業職が務まらないとはいえません。

自分の個性が分からないという人もいます。だったら仕事を一生懸命やりながら、自分の個性に出会えば良いんじゃないかと思います。もしかしたらそれが一番その人の為になるような気もします。

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【試聴記】ブランディー『ヒューマン』

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歌を器用に歌いこなす人は、安心して聴ける反面サプライズ性に欠ける面が有るんじゃないかとも思います。もちろん安定したアルバムを創る事自体素晴らしいのですが、何かもう一つ「感動」が深い部分に至らない気がするのです。

ブランディーの新作も、ロドニー・ジャーキンスが手掛けただけあって、流行り系の音も有り、王道R&Bも有りのバランス感覚に優れた一枚だと思います。でももう少し何かが足りないような気がするのです。聴きながら「この人はもっとやれる」という思いが湧き上がってきました。何を基準にしているのかというと前作『アフロディジィアック』の存在です。清新で力強い、ただ歌が上手いだけの彼女ではない魅力が伝わる一枚でした。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/3510728

http://www.doblog.com/weblog/myblog/3294/1011184#1011184

確かにこの新作も試聴しただけでは判りにくいかも知れません。聴き込めば「発見」が有るかも知れません。ただ、ロドニーはブランディーと長い付き合いで、前作のカニエやティンバランドのようなサプライズ的組み合わせとはいえないでしょう。ブランディーのような“正統派”にはちょっと刺激的な組み合わせの方が、面白い効果が出るような気もします。

妙に否定的な感じになったので、もう一度繰り返しておきます。王道路線の安定感を求めている人は、この一枚でも十分満足いくと思います。しかし、彼女はこんなもんじゃないですよ、とやっぱり言いたいですね。

♪これは泣けるバラード
http://jp.youtube.com/watch?v=vYJXna1Z3co&ytsession=kK62GPprG-d7G9vQ6lcfplxdLxiHrz6UKOFLaYxf2SU_Gf8diT6RGgiMrntbwMx4YHY9ekedWSviRfvgUkiLWkQEBBriYW9LRAnbIo35ziQSPdSQxi79g6f7MEcxelEGB2lvDnjw6gNgWWBVtEgGpVmwhqHwjY5De9GyF2lTfYXwXy9uQiVk3OEqUtwhFEf-l2ECIiUQA7EFNxAvnmmN7SlSHiCCCn8bF7l-0PG4TQKGtBYxqmHzYm5r7ZeU5-ugje8FSE1atypKYraapaW7FjwFa2BKE1pVb1AlZC0hajOyds0JTB_ppg

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インテリジェント・モンスター

●昨年末車を買った。CVT車というヤツで、インテリジェント・キーを始めいろいろ便利な機能が付いている。ナビ兼TV兼カーステも中々だ。音楽機能は、CDを差し込めば内蔵HDDに5分足らずで落としてくれる。一枚当たり約60分の計算で240枚ぐらい入るらしい。音質を落とせばもっと入る。但しWMPなんかと一緒でデータが出てこない場合がある。それも、どういう基準なのかサザン・ソウルのコンピが出てくるのにジェニファー・ハドソンが「NO ARTIST」で表示されたりする。今20枚も入れてないが「不明」が多い。これが50枚ぐらいになると完全に分からなくなるんじゃないかと思う。自分で入力すればアーティスト名は表示できるのだが、面倒くさがりの私がやる訳がない。なるべくレコード棚の端っこから順番に入れてるが、その内同じヤツを入れたりする気もする。アレを聴きたいと思ってもすぐには選べないだろう。便利を追求し過ぎて多機能になると、逆に不便になったりする悲しい例ではないか・・・。

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●稲垣武著『朝日新聞血風録』を読んだ。元朝日新聞社の記者や週刊朝日のデスクを務めてきた人である。ジャーナリストが「会社員」になるといかに骨を抜かれ、社の意向に沿う記事しか書けなくなるかという話だ。問題は「社の意向」の内容だ。いや、報道機関なんだから「社の意向」があったらそもそもおかしい。親ソ・親中、反米が基本らしいがそんな「意向」を持ってては事実を事実通りに伝えられるわけがない。一番腹が立って暗澹としたのは「戦争礼賛」の立場。戦争前には軍部が推進派、政府が慎重派だったらしいが、朝日始めマスコミが殆ど推進派の立場に立ったため、日本は誤った道を進み始めた面があるらしい。大衆への情報操作だ。

大体において新聞に限らずマスコミは「大衆が知りたがっている」というのを錦の御旗にして実は勝手に「大衆が知りたがっている」ことを設定している。大衆にしてみれば、シッカリしとかないと自分が知りたがっていることさえ分からなくなる。物事には裏があるという意識を持つこと、色んな考え方を知ること、信用できる知識人を持つこと・・・強大な力に飲み込まれないためには自分なりの工夫が必要である。

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E%E8%A1%80%E9%A2%A8%E9%8C%B2-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%A8%B2%E5%9E%A3-%E6%AD%A6/dp/4167365030
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●「インテリジェント・モンスター」というタイトルで、私ぐらいの年齢でプロレスを観ていた人はブルーザー・ブロディーというレスラーを連想したと思う。この人はカッコ好かった。かつての日本のプロレス界において、外人レスラーは日本人レスラーの引き立て役でしかなかった。ブロディーの少し前辺りから外国人のレスラーも純粋に人気を集め、彼やスタン・ハンセンやハルク・ホーガン辺りはむしろ日本人以上に人気が有ったぐらいだ。ブロディーは闘いっ振りは野獣の如く、発言はクレバーな人だった。プロレスは演出性の高い格闘技だが、それを敢えて否定せず、自らの闘いの中で「演出」してみせた。私はプロレスがイカサマだろうが演技だろうが全く構わない。それが素晴らしい演技なら、喜んで騙される。もっともらしいインテリ面よりよっぽどマシだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3

http://jp.youtube.com/watch?v=kYKrdU5mg40
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●知識人らしさとは何だろう。私が考える理想的知識人は「自分の考えを固めるために他人の考えを知る」人だ。テーマに関して徹底した地道なリサーチを重ね、事実を拾い上げ自分の結論に至る。自分が文章が好きなせいか、弁の立つ人より優れた本を書く人の方にシンパシーを感じる。

『東京裁判』についての書評を最近読んだ。著者は生涯のテーマのように「東京裁判」に拘っている人らしい。今回もかなりの量のリサーチが根底にある労作らしい。私自身東京裁判に興味があるわけでもないが、こういう本は読みたくなる。きっと「東京裁判」を通して一人の人間の思想や思いがビンビンと伝わってくるような気がする。学生時代、中途半端に頭の良いヤツほど自慢をしたがった。本当のインテリは、学歴や性別など下らないレッテルには拘らず、極めて人間的な考えの持ち主だと思う。伝えたい事が相手に伝わる喜びを求めているのではないかと思う。

http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2879247

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【創作】シックス・センス

●人がもし、突然他人の心を読めるようになったら・・・。

結婚する人、離婚する人、どちらが増えるだろうか?

善人と悪人、どちらが増えるだろうか?

自殺者は増えるだろうか、減るだろうか?

●【未来A】人に心を読まれない薬が密かに開発され、闇ルートで大量に流出する。多くの人が薬の効果で心を閉ざし、自らコミュニケーションを取る術も失う。会話は携帯端末でのやり取りに限られていく。喋る事が無くなり、硬い食べ物も殆んど存在しなくなっていたので、それまでも小さくなっていた顎は、矮小化する。口も筒状に退化してしまう。その代わり、複雑化する携帯端末に対応するため指の本数が・・・。

【未来B】人の心を読み取る速度が速くなり、パッと見ただけで気の合う人間かどうかが判るようになる。やがて人々は、自分に合う人間だけを求め、小さなコミュニティーが無数に出来る。コミュニティー同士は決して繋がらない。最も読みの速い人物がリーダーとなる。しかし、速さを競い過ぎて読みが粗雑になっていく。やがて、いわれの無い疑いをかけられコミュニティーを追い出される人物も出て来る。自分の居場所を探し求めてさまよう“コミュニティー難民”も現れる。人間はコミュニティーの存続ばかり気にして、様々な立場から協力し、英知を結集するような事をしなくなった。人類共通の課題である、地球環境や動物との共存、食の問題等に致命的な綻びが発生し、人類は人類の手で地球の歴史を閉じる。

【未来C】一人の人間には、美しい心と醜い心が共存するものだという思想が主流となる。人々は“赦すこと”を覚え始める。と同時に、赦される事に重荷を感じ、深く自省した上自ら命を断つ者も現れる。皆が皆に気を遣い、世の中にアクが無くなり、品行方正な善人の集団となる。アクが無い為、芸術や文化活動に刺激的なものが現れず、精神的に退行していく。ヴォキャブラリーさえ極端に少なくなり、人々はただニコニコしながら挨拶を交わすだけの毎日となる。

●「創造の神様、それではやはり他人の心を読み取る能力までは付けない事にしますか?」
「そうじゃのう。確かに人間には地球のリーダーシップを執ってもらわなきゃならん。しかし、他の動物に比べ極端に能力を高めるのも考えものじゃ」
「承知しました。それではこれでスタートしますか?」
「いや、さっきの話だが、微妙に危険や悲劇を察知する能力を付けてやろうか?何となくアヤシイと気付くぐらいなら良いだろう」
「なるほど」
「それと、この能力は女性の方に多く配分しよう。女性は子孫を産む役割が有るし、男性に比べ体力的に劣るので危険にも遭遇しやすいじゃろう。それと男女関係なく、こういう神秘的な能力を持っていれば、ミステリアスな事柄を受け入れやすくなるはずじゃ。地球の監視人として配置してもらうお前たちが、もし姿を見られても事実として追及されず、ミステリーとして片付けられるだろう」
「なるほど、なるほど。素晴らしいです。高度な知性、深い愛情、ほど良い体力、子孫を残す為の旺盛な生殖欲、それに僅かな神秘的能力。人間ってパーフェクトじゃないですか?地球の未来は明るいですね!」
「そう願いたいものじゃのう」

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【試聴記】ミュージック・ソウルチャイルド『オン・マイ・レイディオ』

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新作を楽しみにしている一人、ミュージック・ソウルチャイルドのアルバムです。相変わらず音使いが面白く、独特の境地からの音を聴かせてくれます。ニーヨ辺りもいろんな所から音を持ってきますが、彼の場合カッチリした曲に仕上がるのに比べ、ソウルチャイルドの場合はフレーズに昇華している感じです。従って一聴捉えどころのない感じですが、「音」のレベルで聴き進めると“グルーヴ”とは一味違う心地好さを感じます。ブルース・ギターなどで「痒い所に手が届く」といった表現をしますが、正に痒い所に手が届く音創りといえるでしょう。ただ単にオールド・フレイヴァーを懐かしむだけでなく、「おー、そう来たか」といった感じの“刺激”を感じるのです。

声がスティーヴィー・ワンダーに似ている所もあるからか、彼の継承者的存在に見られています。なるほど声の相似性だけでなく、かつては実験的精神がかいま見えた頃のスティーヴィーを、そのまま現代に置き換えた感じもします。レゲエの取り込み方にもスティーヴィーの影があるかな?

前述した通り、ニーヨ等に比べると分かりにくい面も有ります。しかしそれだけに、聴けば聴くほど味が出てくるアーティストなのも事実です。


♪インフォ
http://www.universal-music.co.jp/u-pop/artist/musiq/index.html

♪内容
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2781712

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