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イン・マイ・ルーム

●幸福は、関心を自己の内ではなく外に向けることにあり、その関心を敵意的なものではなく、好意的なものにしていくことが、幸福の秘訣である・・・ラッセル『幸福論』

●携帯電話の普及によって(そればかりが原因ではないだろうが)、公共の場なのに私的空間と同様に振る舞う人たちが増えたという話を聞いた。他人の邪魔になるような場所に座り込んだり、大声で騒いだりしているのも、「自分の部屋」に居るのと気持ち的に変わらないという事だろう。

周囲の目を気にしない人たちにとって、世の中の全ての場所が自分の部屋になり得るのだろう。

●音楽評論家の中村とうよう氏は、昔からクルマ嫌いを公言していた。閉ざされた空間から車を操作する事で、自分が偉くなったように錯覚する輩が多いというような理由からだったと思う。

私は、車を運転する仕事にここ暫く就いているが、自分の運転も含めて、つくづく、とうよう氏は正しいと思う。しかも、年々とんでもないドライバーに出くわす回数が増えている。交通ルールが“自分の都合”になっている。自分が右折するんだから直進車は待たなければならない、ぶつかったら相手が悪いといったような考えだ。

私は、努めて車や周囲と“呼吸を合わせて”ハンドルを握っているつもりだが、それでも感情的になる事がある。そもそも感情の塊である人間には無理のある行為なのかもしれない。せめて、車を運転するのは難しいという意識ぐらいは常に持っていたい。

●「一人カラオケ」や「一人焼肉」が流行っているらしい。カラオケは、歌の練習を集中して行うという目的以外に、楽器の練習をしたり、職場でタバコが吸えないので、思う存分喫煙しながら仕事をしたりと、カラオケとは無縁の目的で利用する人もいるとの事。大手カラオケ店では、ニーズの変化に合わせ、カラオケ設備を外した“レンタルルーム”も提供する動きにあるらしい。

「一人焼肉」の方は、好きなものを好きなだけ食べられるという考えや、グレードの高い肉を自分へのご褒美として食べるといった発想があるらしい。

つくづく現代社会は「選択肢」が多いと思う。一人焼肉も上の理由を考えれば有りなのかなと思う。でもそれとは別に、大人数でワイワイ騒ぎながら食事をする楽しみも味わって欲しい。別に好きなものが思う存分食べられなくても、十分有意義な時間だと思うのだ。

また、「選択肢」という事で言えば、何事においても順調に選択出来ていくと、いざ選択肢を掴み損ねた時の落胆が大きいような気がする。それに、思い通りに行かなくても、別の角度から見たら得られるものが有ったりする。それに気付く事は、人間の幅を広げると思う。

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コメント

たまには一人焼き肉も悪くはないかも。したことはありませんけど(笑)

最近の子供は塾があったり、親が働いたりしていて個食や孤食が増えています。もっと家族で囲む食卓を大切にしないと。そこでの何気ない会話の中に親から子に伝えなければならないことがある様な気がします。

投稿: 親父 | 2009年5月16日 (土) 17時01分

「個人主義」が間違った捉われ方をしてるんでしょうね。

投稿: k.m.joe | 2009年5月16日 (土) 18時01分

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