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付加価値の価値

成功した若手企業家が、インタビューに答えていました。

「もう物欲はなくなりました。これからは心の豊かさを求めていきたいです」

一見殊勝な言葉のようですが、心の豊かさを考えずに儲けた商売というのもちょっと胡散臭いなあと思ってしまいました。

それと、物欲がなくなる人生も何だか寂しい感じがします。多分この人は高価な物がたやすく手に入るので、欲しい物はなくなったというニュアンスで言ったのでしょうが、そういうレベルの物欲なら確かに終わりが見えるかも知れません。おそらくこの人は“本当に欲しくて”物を買っていなかったのではないでしょうか?

例えばポルシェを買うとします。根っからポルシェが好きで、愛おしく乗り回しているのと、“象徴”として買うのではえらい違いです。これは金持ちでもそうじゃなくても一緒でしょう。欲しい車を手に入れる事、それこそ心が豊かになるはず。物欲には浅ましいものも有るかも知れませんが、幸せになりたいという気持ちの表れの一つだと思います。勿論金銭面の制約は有りますが、手に入らなくても好きな物を想うだけでも、心は豊かになるものです。

また、価値ある物欲とは、物そのものより、付随する「付加価値」を楽しもうという意識だと思います。もちろん、自分が物を買わなくても他人に施す事で幸せを感じる人はいるでしょうが・・・。

要は、物を買う行為や自分の周りにある物に対する接し方の向こうに、(自分に関する事でも他人に関する事でも)幸せが見えているかという事でしょう。この考えを持っていないと、「物」が利害関係の対象だけに終わったりします。

自分の職業が肉屋なら、自分が提供する肉で食卓が楽しいものになる(付加価値)という思いがないと、儲ける事だけ考え偽装したりする訳でしょう。

物欲に話を戻せば、物が溢れている現代社会では、物欲のレベルが低くなりやすいかも知れません。子供がスーパーで騒ぐからといってお菓子を買い与えていては、子供は付加価値を見い出す事が出来ません。「欲しがれば手に入る」としか頭にインプットされません。一方、限られたお小遣いで自分でお菓子を決める場合、その子供の頭の中は付加価値に溢れているに違いありません。

結局、物が持つ付加価値を味わう事やピュアな物欲を抱く事は、人間性を豊かにし、物を大切にする姿勢などにも繋がると思います。なにより気持ちが充実します。「何をやっても面白くない」なんてことには絶対ならないはずです。

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