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【創作】PEACE(2)

♪前回分
http://hajibura-se.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-84c2.html


「シルキー・ソウル」のドアを開けると、正面にカウンター席が見える。テーブルの形状に沿って、木目が緩やかなカーブを描いている。入って来た人間からはSの字が逆転した形に見える。止まり木は8つ。

左手に目をやると、3、4人ずつ座れるテーブルとスツールが点々と置かれている。左奥の壁中央辺りに、ステージがしつらえてあるが小さい。せいぜいスリーピースバンドが乗っかるぐらいだ。それもアンプは下ろした方が良い。動きを取りたければドラムも下ろすべきだ。

ピースはこのステージに、酔っ払いが座り込んだり寝転んだりしているのを見た事はあるが、歌や演奏をしている輩にはお目にかかった事がない。最早ステージではなく、“段差”と呼んだ方が正解かも知れない。その分といっては何だが、店内は旧いソウルやブルースで満たされていた。

ピースが店に入って来た時、手前の椅子席に時々見かける黒人男女が座っているだけだった。彼はカウンター席の左端に座り、右手の小さな厨房を覗き込んだ。店主のジョーが、黒いTシャツ姿で香ばしい匂いを漂わせているバーベキュー・リブを皿に移していた。視線に気付くと、愛嬌の有る顔を綻ばせウィンクした。愛想は良いのだが、初対面の人物は彼を前にすると軽く引く。酔っ払い以外は勝負を挑まないような、風船のように大きくて筋肉だけで出来ているような体格。おまけにスキンヘッド。彼の手元では小さく見える皿を2枚片手に厨房から現れた。「持って行ってやるよ」というピースの申し出に、微笑みを返し「何にする?」と問い掛けた。

「リトル・ジョニー・テイラー」トミー・ヤングは既に歌い終えていたのだ。

ピースがテーブルに着く前に曲が掛かり始めた。特長的な鼻声には、空気を押し開くような力強さと、溜め息を誘う温もりが在った。

「誰?」女性が中途半端に手を上げて、問い掛ける。「ピース・ハートリーさ。宜しく」

女性は怪訝そうな顔をし、男性がわざとらしく腹を抱えて「ハハッ」と笑い声を放つ。「おいおい、アンタの名前じゃないよ」。ピースは、彼以上に元気よく笑う。「あ、ゴメンゴメン。リトル・ジョニー・テイラーさ」。

ピースは少々気取った足取りでカウンターに戻りつつ、まあ幸せそうなお二人の為に曲名は教えないでおこう、と心の中で呟いた。

(つづく)

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