【創作】PEACE(4)
♪前回まで
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ローラは、いつも見せるはにかんだ微笑みをピースに投げ掛け、指定席へ落ち着いた。右の端、ピースの反対側だ。薄茶色の壁に、チョコレート色の横顔と、盛り上げた髪の黒が、絵画的コントラストを成していた。
ローラは、性格に似合わず派手な原色の服を着る事が多い。口数が少なく、他人が話し掛けても微笑みと共に最小限の言葉で返すことが殆ど。自分から話し掛けるということもあまり無い。眠そうな眼差しで、静かに存在している彼女が、もし地味な洋服を着ていたら、それこそ絵画や彫刻になってしまう。派手な洋服のおかげで、ローラと気付くようなものだ。
ジョーとローラは昔からの知り合いで、メンフィスで音楽の仕事を一緒にしていたらしい。ピースの素性と一緒で、誰もそれを堀り下げて聞こうとはしない。陰で噂をする者も居なかった。
厨房から出て来たジョーが、ローラの流儀で軽く挨拶する。特別に注文しない限りは、彼女はジャック・ダニエルズのオンザロックだ。ジョーは、後ろの酒棚から酒瓶を出し、ものの数秒も経たない内に作り上げ、彼女の前に置いた。氷が小さな音を立て、安らぎの一杯は彼女の口に含まれ、喉越しの音さえ立てなかった。酒の呑み方も大人しい。彼女の呑む量は日によって違うが、ペースは狂わず、表情も物言いも余り変わらない。帰る時も、入って来た時と同じ調子だ。
ジョーは、自分用の肉をひと切れ、別の皿に移し、切り分けた後、ローラに振る舞った。更に足元の冷蔵庫から既に盛られている野菜サラダを取り出し、自家製ドレッシングをサッと掛け、付け足した。
ローラの顔が明るく綻んだ。「私、今日誕生日だったかしら?」「はは。来月だろ?最近ママの看病で疲れてるみたいだから力付けろよ」ローラはここの所、メンフィスに住む母親を度々訪ねていた。ジョーも母親の事を知っているらしいのは、以前の話の流れで判っていた。しかし、二人が夫婦だったり恋人だったりした事はないようだ。雰囲気が違う。ジョーは或る日ポツリと「同志」という言葉を使った事がある。二人連れで苦労したのは間違いないらしい。
「そっちの働き者は何か呑むか?」問われたピースは「俺も一杯貰おうかな」とバーボンを指差した。ジョーは片方の眉を上げ、軽口を叩く。「おやおや、暫く見ない間に大人になったな」ローラも笑った。
「止してくれよ」ピースも大きな口をいっぱいに広げニヤついたが、事実彼は、ビールの日が多かった。
バーボンのグラスがピースの目の前に置かれると間もなく、座っていたカップルが次の目的地へ向かう為店を去った。
ジョーが、カーティス・メイフィールドのCDをデッキに吸い込ませる。心躍るカッティングを繰り返す、ギター音の波間に浮かぶような、カーティスの、優しく芯の有る声が店内に拡がり始めた。
それは予感の儀式だった。「シルキー・ソウル」の常連の一人、そして最も金を落としてくれるダンバー医師が、扉を開けて入って来そうな時掛かるのだ。カーティスによく似た顔立ちなので、ジョーが始めた儀式だ。もっとも周囲の者は希望の儀式と呼んでいる。
どうも今夜は予感は外れそうだ。腕を奮いたい店主と、働き者の青年と、疲れている女が店の時間を止めていた。しかし、それは心地好い、至福と呼んでも良い時の流れを持つ、空間だった。
(つづく)
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