【創作】今日子(2)
♪前回分
http://hajibura-se.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-71...
着いた場所は、周囲を古い石塀で囲まれた、敷地の広い農家だった。門扉はないが、石塀に比べて新しい、スベスベした門柱が両脇に据えられていた。年季の入った分厚い表札が掛けられ、崩した文字で「杉山」と書いてある・・・今日子が教えてくれたから読めたんだけど。その下には、簡易なプラスチック製の表札が貼り付けてあり、今日子の母親と今日子の名前が横書きに、並べて書いてあった。今日子の「子」の後にはニコニコマーク。いかにも彼女がやりそうな事だ。
門を入ると、左手に形が整った庭木が数本。平屋の母屋が奥に見える。正面には、納屋と、作業場のようなスペースがあった。軽トラックが一台止めてある。右手に、真新しい二階建ての家屋。今日子は、母親とふたりでこの離れに住んでいる。母親の実家に越してきていたのだ。彼女たちの為に急造したのか、今日子の案内に連なって入ると、新築の匂いがした。台所にいた母親に挨拶し、狭い階段を彼女の部屋へと上がっていった。
女子高生の部屋として、また日頃の彼女のテンションから考えると、意外にもよく整理整頓された穏やかな空間だった。机や本棚、数々のインテリア類はブルーやピンクのパステルカラーを使用した物が多く、素っ気ないが統一感があった。
今日子は「お疲れお疲れ」と言いながら、机の椅子を窓際まで引き、鞄をベッドに乗せると、レコード店の袋からCDを取り出し、早速、白一色のミニコンポに吸い込ませた。
デビッド・ボウイが、地球に流れ着いた異星人の物語を歌い始めると、今日子の母親が、お盆持参で入ってきた。ウーロン茶のグラスが2つと、カステラが2切れ、一つの小さな皿に載っていた。
「カステラは今日子食べないから全部良いわよ。え~と」
「あ、永井と言います」
「ああ、音楽好きの永井君ね」
「えっ」動きが止まった僕に対しておばさんは、今日子によく似た笑顔で応えた。
「今日子がクラスの皆さんの話ばかり聞かせるから覚えちゃったのよ」
「はははっ」と、窓の外に視線を向けたままの今日子も少し笑った。面白がってはいたけれど、横顔にやや疲れが見えた。
おばさんが下に降りても、今日子はしばらく黙って窓の外を眺めていた。声を掛けるのが妙に憚られた。仕方なく僕は、CDジャケットを見るともなく見ていた。カステラも、ひと切れ食べたら次に進めなかった。
「スターマン」が歌い出された。歌に合わせて小さく口笛を吹いていた今日子が、いつものトーンで喋り始めた。
「あ~、それでも私、死んだら星にはなりたくないよ。雲がいいなあ、雲が。のんびり空に浮かんでぼんやりしたいよ」今日子はこちらに顔を向け、明るい笑顔を見せた。重病人の発言と考えれば重苦しいが、これだけニコニコされると、快活なユーモアとして受け止められた。
笑顔のまま窓際を離れながら、更に笑わせてくれる。「でも、探してもらえないだろうな。あれ?こないだ確かにこの辺で見かけたんだけど、なんてね」
天井を、人差し指で何度か差した今日子は、そのままコンポを止め、トレイからCDを抜き取った。僕がジャケットを差し出すと「はいはい」と受け取り、丁寧に収めた。
ある筈のない埃を払って立ち上がった僕に、袋に入れたCDを渡そうとした。「貸してあげるよ」「いや、俺、山倉に借りて焼いてるからいいよ」「あ、言い方悪かった。借りてちょうだいよ」
意味を考えていると、言葉が継がれた。
「人に物を貸しておくと返ってくるまで生きられるような気がするの」
いくら鈍感な僕でも、さすがに戸惑った。自然とCDを手にしたが、さよならのひと言がこの場に相応しくなく思え、「じゃ、また月曜」と喉の奥からようやく発声した。
今日子は何も気にしてない様子で、「またねー」と右手をヒラヒラさせた。「私ちょっと休むから、下でお母さんに言っといて」
階段を半ばぐらいまで降りかけた時、激しく咳き込むのが聞こえてきた。いつの間にか階段の下におばさんが現れ、複雑な表情でありがとうねと言うと、今日子の部屋へと上がって行った。
外はとても好い天気だったけど、僕の気持ちは混乱していた。いつもの今日子のようで、いつもの今日子ではなかった。急に悲しい気分になり、足取り重く帰って行ったのを憶えている。借りたCDは袋から出さず、他のCDの列の上に横に置き、少し奥に押しやった。
沈んだ気持ちは、休みの間中続いた。終日部屋に居て、次々と音楽を聴いていたが、全く気は晴れなかった。月曜が待ち遠しい、また今日子の笑顔を見て安心したい。落ち着かない想いの中で、それだけはハッキリしていた。
(つづく)
http://hajibura-se.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-71...
着いた場所は、周囲を古い石塀で囲まれた、敷地の広い農家だった。門扉はないが、石塀に比べて新しい、スベスベした門柱が両脇に据えられていた。年季の入った分厚い表札が掛けられ、崩した文字で「杉山」と書いてある・・・今日子が教えてくれたから読めたんだけど。その下には、簡易なプラスチック製の表札が貼り付けてあり、今日子の母親と今日子の名前が横書きに、並べて書いてあった。今日子の「子」の後にはニコニコマーク。いかにも彼女がやりそうな事だ。
門を入ると、左手に形が整った庭木が数本。平屋の母屋が奥に見える。正面には、納屋と、作業場のようなスペースがあった。軽トラックが一台止めてある。右手に、真新しい二階建ての家屋。今日子は、母親とふたりでこの離れに住んでいる。母親の実家に越してきていたのだ。彼女たちの為に急造したのか、今日子の案内に連なって入ると、新築の匂いがした。台所にいた母親に挨拶し、狭い階段を彼女の部屋へと上がっていった。
女子高生の部屋として、また日頃の彼女のテンションから考えると、意外にもよく整理整頓された穏やかな空間だった。机や本棚、数々のインテリア類はブルーやピンクのパステルカラーを使用した物が多く、素っ気ないが統一感があった。
今日子は「お疲れお疲れ」と言いながら、机の椅子を窓際まで引き、鞄をベッドに乗せると、レコード店の袋からCDを取り出し、早速、白一色のミニコンポに吸い込ませた。
デビッド・ボウイが、地球に流れ着いた異星人の物語を歌い始めると、今日子の母親が、お盆持参で入ってきた。ウーロン茶のグラスが2つと、カステラが2切れ、一つの小さな皿に載っていた。
「カステラは今日子食べないから全部良いわよ。え~と」
「あ、永井と言います」
「ああ、音楽好きの永井君ね」
「えっ」動きが止まった僕に対しておばさんは、今日子によく似た笑顔で応えた。
「今日子がクラスの皆さんの話ばかり聞かせるから覚えちゃったのよ」
「はははっ」と、窓の外に視線を向けたままの今日子も少し笑った。面白がってはいたけれど、横顔にやや疲れが見えた。
おばさんが下に降りても、今日子はしばらく黙って窓の外を眺めていた。声を掛けるのが妙に憚られた。仕方なく僕は、CDジャケットを見るともなく見ていた。カステラも、ひと切れ食べたら次に進めなかった。
「スターマン」が歌い出された。歌に合わせて小さく口笛を吹いていた今日子が、いつものトーンで喋り始めた。
「あ~、それでも私、死んだら星にはなりたくないよ。雲がいいなあ、雲が。のんびり空に浮かんでぼんやりしたいよ」今日子はこちらに顔を向け、明るい笑顔を見せた。重病人の発言と考えれば重苦しいが、これだけニコニコされると、快活なユーモアとして受け止められた。
笑顔のまま窓際を離れながら、更に笑わせてくれる。「でも、探してもらえないだろうな。あれ?こないだ確かにこの辺で見かけたんだけど、なんてね」
天井を、人差し指で何度か差した今日子は、そのままコンポを止め、トレイからCDを抜き取った。僕がジャケットを差し出すと「はいはい」と受け取り、丁寧に収めた。
ある筈のない埃を払って立ち上がった僕に、袋に入れたCDを渡そうとした。「貸してあげるよ」「いや、俺、山倉に借りて焼いてるからいいよ」「あ、言い方悪かった。借りてちょうだいよ」
意味を考えていると、言葉が継がれた。
「人に物を貸しておくと返ってくるまで生きられるような気がするの」
いくら鈍感な僕でも、さすがに戸惑った。自然とCDを手にしたが、さよならのひと言がこの場に相応しくなく思え、「じゃ、また月曜」と喉の奥からようやく発声した。
今日子は何も気にしてない様子で、「またねー」と右手をヒラヒラさせた。「私ちょっと休むから、下でお母さんに言っといて」
階段を半ばぐらいまで降りかけた時、激しく咳き込むのが聞こえてきた。いつの間にか階段の下におばさんが現れ、複雑な表情でありがとうねと言うと、今日子の部屋へと上がって行った。
外はとても好い天気だったけど、僕の気持ちは混乱していた。いつもの今日子のようで、いつもの今日子ではなかった。急に悲しい気分になり、足取り重く帰って行ったのを憶えている。借りたCDは袋から出さず、他のCDの列の上に横に置き、少し奥に押しやった。
沈んだ気持ちは、休みの間中続いた。終日部屋に居て、次々と音楽を聴いていたが、全く気は晴れなかった。月曜が待ち遠しい、また今日子の笑顔を見て安心したい。落ち着かない想いの中で、それだけはハッキリしていた。
(つづく)
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