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幸福と生と死

●私より若い人が脳梗塞で倒れた話を聞いた。同い年ぐらいの同僚と、50を過ぎれば何時死んでもおかしくないと自嘲気味に語る。自然と、将来の事より一日一日の大切さや、何気ない幸福感に思いが到る。死を意識すれば、生の充実を求める。「充実」は欲望を満たす事ではない。「善く生きる」事だ。何が善かは自分で感じ取るものだし、自分の意思に沿わなければ、真の充実感は訪れない。もちろん、自分勝手な意思は論外だ。

●他人の命を奪って金を得て、自分は贅沢品に囲まれて幸福な生活を送る。実はそれは「幸福」とは言えないのだが、本人は幸福感を得ていた(のだろう)。やがて裁きを受け、自分の成した事が犯罪なのだと指摘された時、どんな思いを抱くだろうか。元々、自分の幸福の為にした事で、何で他人にとやかく言われなくちゃならんのか、ぐらいにしか思わないだろうか。とても淋しい人間だ。高級品の無い、何の飾りも無い部屋で日々拘束されれば、いつかその淋しさに気が付くだろうか。

♪Kipper Jones "Footsteps In The Dark"
http://www.youtube.com/watch?v=tImODdIuBDQ

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