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2012年12月

【創作】PEACE(6)

♪前回まで
http://hajibura-se.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-e0...

店内の、彼女の指定席にローラは座っていた。昼間と違って濃緑色のドレスだ。細身の女性は、昼間と同じベージュのスーツの背中を見せていた。ピースにローラが挨拶すると、振り向いて、ソツのない笑顔で会釈した。

「こちらはルース。メンフィスからのお客様。彼はピース、謎の流れ者よ」
「えっ、俺はそんな風に見られてたのか」きれいな歯を見せて微笑むルースと、とぼけ顔のローラを交互に見ながら、ピースは並んで座った。

「ルースは私をスカウトに来たのよ」
「スカウト?」
ルースがにこやかに補足した。「そうなの。私はメンフィスのゴスペル・クワイアに所属してるんだけど、ローラにコーチして欲しくて頼みに来たのよ」
「へ~え、話はまとまったのかい?」
ルースは困ったような笑顔を見せた。「いいえ」

ローラは視線を外し、バーボンのグラスを傾けた。微かに音を立てる氷が、妙な間を作る。グラスを置いた後、黙ったまま、カウンターの木目をなぞり始めた。ふと、ローラの携帯が鳴った。言葉少なに答えると、携帯を畳み、カウンターに凭れかかるようにして、厨房の中のジョーを呼んだ。慌ててはいないが、表情はやや曇っていた。

ジョーが出てくると、母親の具合が悪いので帰ると言う。ルースにも謝っていた。ルースは今日泊まるつもりだったので、もう少し店に残ることにした。

「諦めた方が良いかもな」ローラが帰った後、ジョーがポツリと言った。「俺とローラは一緒に音楽をやってた。彼女の歌いたくない気持ちは解るんだ。それに今のは芝居のような気もするな。断るんならきちんと断るべきだとは俺も思う。でも彼女の性格だ。相手の方から気が付いて欲しい、身を引いて欲しいと思ってるんだ」

ローラの柔らかい物腰の陰に、強固な意志が潜んでいるのは、ルースも気付いていた。でも、そういう人物こそ、一度理解してくれれば絆は強いはずという思いもあった。

日頃はあまり飲まないが、ローラに合わせて注文したバーボンのグラスに口を付け、少し傾けた。そして、ふたりに聞かせるというより、自分の行動を振り返る事で、もう一度よく考えてみようという思いで、スカウト行為のキッカケを話し始めた。

「ある日ラジオからローラの歌声が聴こえてきたの。ソウル仕立てだったけど、ゴスペルシンガーとしての力量が伝わってきたわ。いえいえ、力量がどうこうなんて失礼ね。圧倒されるばかりだったわ。この人に目の前で歌って欲しい、ゴスペルの何たるかを教えて欲しいと思ったのよ」

ジョーが、渋面を崩さずに、食器棚の中ほどにある引き出しから、よれよれの小さな紙袋を取り出した。中身はドーナツ盤だった。点々と染みの付いた、茶色いカバー紙に収まっていた。
「奇特なヤツもいたもんだ。俺たちの曲をリクエストするなんて」

ピースとルースの間に、レコードは置かれた。カバー紙の中央の、円形の穴からレーベル部分が見えている。全体は黄色地で、黒く細い線の筆記体で「Angel」と書かれていた。「n」の字に天使が座り、その羽が「A」の字の横棒になっていた。どこかとぼけた表情の天使は、ラッパを吹いており、音符が3個ほど漂っていた。

タイトルは「レディー・エンジェル」。歌手名はローラ・ジャクソン。レコード番号がAGL-001。派手な表舞台に出る事のなかった、エンジェルレーベルの最初のレコードというわけだ。
「君が聴いたのはこっちだろう」ジョーはレコードを取り出し、裏返してカバー紙の上に置いた。「ライフ・イズ」とタイトルされている。ルースの頭の中に、人生は言葉、人生は笑顔、人生は愛などと歌われたサビの部分が甦った。

「ビールをくれ」口の中に渇きを覚え、自分がまだ何も飲んでいないのに気付き、ピースはボソッと言った。ローラの歌声に耳を傾ける前に、軽くアルコールを入れようという思いもあった。

ジョーは、無言で、ピースの前にクアーズのボトルを置くと、恭しい儀式を執行するかのように、慎重な動作でレコード盤をターンテーブルに載せた。

レコード針が下りた瞬間の微かなノイズと音が鳴るまでの少しの間は、クラシック音楽の指揮者が、オーケストラに向けてタクトを構える時と同じ意味を持つ。聴き手の期待は最大限に膨らみ、流れてくる音を聴き逃すまいと精神を集中する、そんな瞬間だ。しかも、ローラの歌である。ピースも、ボトルに手を掛けてはいたが、ピクリとも動かさず、最初の一音を待った。

(つづく)

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買い物

Kenmin
●先月から今月にかけて、本やCD以外でもあれこれ買い物した。まず、来年の手帳=「熊本県民手帳」を購入。あまり凝ってないので使いやすい。裏表紙にはくまモン。お値段もリーズナブルだ。

http://nagasakishoten.otemo-yan.net/e705879.html

●初めてヒートテックの肌着を購入。厚着しなくても暖かいので、動きやすくて良い。有り難みを感じるほど、今年の冬は寒い。

●身の回り品では財布とビジネスシューズとスニーカー。いずれも、求めやすい値段だった。財布は、紙幣と小銭しか入れないので、構造には拘らない。肌触りが柔らかで、なんだか気持ち好かったのと、小豆色で本人的には珍しかったので決めた。シューズはどちらもまだ履いてない。そういえば、結構やってる人が多いんじゃないかと思うが、靴を新調したら、家の中で履いて、そのまま外に出て行くパターン、好きです。

●かつては、自分が金持ちだったら、レコードを買いまくる(大きな買い物が思い付かないのも悲しいが)などと妄想していた。しかし、財布と相談しながら、時には悔しがり、時には思い切って選ぶのも楽しいものだ。何度も当落線上に残るアルバムは同じものだったりする。あまり長く保留してるとその内買った気になったりして・・・。所詮はこういうのも縁ではないだろうか。手に入れられない切なさを感じるのも悪くないしね。あぁ、不幸、じゃない、富豪でなくて良かった。

♪I Hear Jingle Bells - Freddy King
http://www.youtube.com/watch?v=EEKVzdx8_Y8

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ブルースを支える空気感

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●ジミー・ドウキンス『Kant Sheck Dees Bluze』<イアーウィグEarwig>(92)

http://ongakumeter.com/m/B000004BUJ

ナチュラル・ファズ・トーンとでも名付けたくなる、くすんだ音のギターが彼の第一の魅力だろう(タイトル曲は尖り気味だけど)。熟練の演奏陣に支えられ、縦横無尽に、しかし、性急な感じはなく、冷静なエモーションとでも言えるような大人の音世界を聴かせてくれる。こうなれば、ヴォーカルにさほど迫力が無い事も功を奏している。

70年代初頭、モダン・ブルースの重要レーベル<デルマーク>や<エクセロ>(英録音)で人気を博したジミー・ドウキンス。“ファスト・フィンガー”と呼ばれ、セッション・ギタリストとしても引っ張りだこの状況だった。

彼を<デルマーク>に紹介したのはマジック・サム。又、オーティス・ラッシュとも交流があったそうで、いわゆるモダン・ブルースの黎明期の空気を知る存在でもあるのだろう。彗星の如くポッと現れたというより、現れるべくして現れた、時代を繋いだブルースマンだと言えるかも。

80年代に入り、健康を害したものの<Leric>レーベルを立ち上げ、ブルースとの関わりは持ち続けていた。ただ、ミュージシャンとしての活動は不本意なもので、ほとんど伝説化される寸前での本作発表だった。

ブルースという音楽は不思議なもので、アマチュアでもブルースの空気感を表現出来れば、熱い感情移入が可能だ。逆に、プロでも滅茶苦茶な時がある。それだけに、一流ブルースマン・ウーマンの安定した表現力には感嘆するばかりだ。

テクニックは無視して良い訳ではないが、ブルース好きのツボを刺激する空気感をいかに表現するかという事こそ、重要な気がする。悪い例にして申し訳ないが、本盤2曲でヴォーカルを取っている女性シンガー、ノーラ・ジーン・ウォレスは、ソツなく歌っているのだが、今ひとつ心に響かない。私のツボを刺激しないのだ。

「ブルースは死んだ」と言われた時代がある。ブルースにも、時代に合った趣向が必要だという意見もある。私は、新感覚のブルースやブルース風味のロックも聴かない事はないが、結局、型崩れしていない、ブルースらしいブルースが好きだ。本盤は、90年代の「ブルース現在進行形」を捉えたシリーズの一枚として出されている。相も変わらぬ事をやっているようで、シッカリと時代を生きるブルースの姿を、本盤は見事に活写している。ジミー・ドウキンスの経歴とセンスが、ブルースファンをゾクゾクさせる空気感を生み出している。それだけの事だとも言えるが、それだけで十分なのだ。

ブルースを愛する人たちに捧ぐ。

♪kant sheck dees bluze

http://www.youtube.com/watch?v=sVaCXCpv_4w

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ネガティブ

●芸能界には、次々と新キャラが登場する。ネガティブ・モデルと呼ばれる栗原類クンもその一人だろう。ご本人は、自分はネガティブではないと言う。そこでまた笑いを誘うわけだが、考えてみると、高校生でモデルの仕事を務めている人が、ネガティブとも思えない。人々は「ネガティブ・モデル」というレッテルのみ唱え、彼の言動をまともに捉えようとしない。彼のファン以外は。確かに、一々、芸能人の本質を見極める必要はないだろうが、勝手な決め付けや、決め付けへの追随は、思考力を貧弱にするばかりだ。

●「ネガティブ」という言葉が横文字なのも、思考を上滑りさせやすい原因ではないか。日本語に直すと少しは解りやすい、というか思考しやすい。携帯付随の辞書で調べると、①否定的②消極的とある。栗原クンの場合、②の方が近いか。

●ところで、「消極的」な性格は駄目だろうか。栗原クンが「ネガティブ」と呼ばれたくないのは、自分を否定されているような気がするからではないか。人間として、最も恥ずべき行為は、他人を下に見る事だ。それこそ、正しい眼を持たない「ネガティブ」な姿勢だと思う。

●「ポジティブ」が常に良い訳ではなく、「ネガティブ」が悪い訳でもない。その逆でもない。大事なのは、Aさんはどういう人だ、Bさんはどういう人だ、栗原クンはどういう人だ、と自らの頭で考え、対応していく事だ。それも、総体的に決め付けない事だ。局面によって、人は違う部分を見せるしね。

♪Tashan - Black Man
http://www.youtube.com/watch?v=rhtLUyNvzVk

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ファミリー・アフェア

●2日の日曜は、亡父の十七回忌だった。お寺で執り行われた。大きなストーブを焚いてあるものの、冷え込むお堂でお経に耳を傾ける。東京の姉も来ており、久しぶりに会う。前回は娘が高校生だったので、変わり様を見せる事が出来た。

●姉ふたりとウチの家族とで昼食へ。ウチの娘ばかりでなく、東京の姉の息子も就職が決まっていない。ついつい、その話題が長引くので、娘も少々居心地悪かったか。熊本の姉の息子は転職し、横浜から福岡での勤務となり、こちらもバタバタしている。それにしても、子供たちがほぼ全員、社会人になる歳になったんだなと改めて思う。

●その後、皆で母の見舞いに。姉ふたりは前日も来ていた。その時は、かなり言ってる事がメチャクチャだったらしい。夜になっても喋りは止まらなかったらしく、睡眠薬を服用したとの事。そのおかげか、気分的に落ち着いていたようだ。話も筋が通っている。

●ついでのついで、で空港まで。外観が変わっているのは初めて知った。土産物コーナーをウロチョロして、我が家用にあれこれ買う。相変わらずのくまモンパワー。それにしても、空港から家に帰り一服したぐらいで東京に着いちゃうんだから、凄いっちゃあ凄い。気持ち好く疲れた一日だった。

♪Johnnie Taylor "Walk Away With Me"
http://www.youtube.com/watch?v=HzobmQfzAIE

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2012年11月の読書メーター

11月の読書メーター
読んだ本の数:1冊
読んだページ数:515ページ
読んでた本の数:1冊
積読本の数:1冊
読みたい本の数:2冊

▼読んだ本
群衆 - 機械のなかの難民 (中公文庫)群衆 - 機械のなかの難民 (中公文庫)
「群衆」をキーワードに日本の近代~現代史を語る。国家権力と対峙する庶民のパワーをヒシヒシと感じる。クール・ジャパンはここにはない。
読了日:11月04日 著者:松山 巌
▼読んでた本
ブッダの教えがよくわかる―幸せに生きる仏の知慧 (日文新書)ブッダの教えがよくわかる―幸せに生きる仏の知慧 (日文新書)
著者:ひろ さちや
▼積読本
こころ (新潮文庫)こころ (新潮文庫)
著者:夏目 漱石
▼読みたい本
贋食物誌 (中公文庫)贋食物誌 (中公文庫)
著者:吉行 淳之介
飛魂 (講談社文芸文庫)飛魂 (講談社文芸文庫)
著者:多和田 葉子

読書メーター

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2012年11月の音楽メーター

11月の音楽メーター
聴いた音楽の枚数:9枚
聴いた時間:0分

Like Never BeforeLike Never Before
2012.11.25. ブックオフ熊本インター店で購入。
聴いた日:11月27日 アーティスト:Taj Mahal
Kant Sheck Dees BluzeKant Sheck Dees Bluze
2012.11.25. ブックオフ熊本インター店で購入。
聴いた日:11月26日 アーティスト:Jimmy Dawkins
Young Man Older WomanYoung Man Older Woman
トータル的な音楽センスも持っている人だが、ここは歌手の魅力が強い。激しさと切なさと・・・。
聴いた日:11月16日 アーティスト:Millie Jackson
Beautifully Human: Words and Sounds Vol.Beautifully Human: Words and Sounds Vol.
ゴスペルライクな歌い方とジャジーな歌い方。私的にはもちろんゴス系。それにしても豊かな才能!
聴いた日:11月12日 アーティスト:Jill Scott
Guitar WizardGuitar Wizard
ギターのテンポと艶。スクラッチノイズさえも表現の一種に思える、豊潤な叙情性。
聴いた日:11月10日 アーティスト:Tampa Red
Good To The Last DropGood To The Last Drop
B級感はバイタリティーの裏返し。猥雑で誠実なアルバム。
聴いた日:11月09日 アーティスト:V.A.
Two Steps from the BluesTwo Steps from the Blues
必携の一枚。深い、深い、深い。ボビー・ブランドを知らないことは人生の損失だ。
聴いた日:11月06日 アーティスト:Bobby Blue Bland
ハワード・テイトハワード・テイト
2012.11.3 蔦屋書店三年坂店で購入。
ハイトーン・ヴォイスに熟練の演奏陣。ソウルというよりブルース感覚が強い。歌と演奏、演奏陣の各々の絡まりが凄い。黒い空間が見事に形成されている。買って損はない一枚。アトランティック1000円シリーズの一枚だが、これ中々選ぶのが楽しい!
聴いた日:11月05日 アーティスト:ハワード・テイト
Get on BoardGet on Board
ハスキーで力強い声は、引きつけられる。SP音源の方が音がまろやかに感じるがどうなんだろう。一曲も一音も聴き逃せない!
聴いた日:11月01日 アーティスト:Dorothy Love Coates

わたしの音楽メーター
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