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【創作】ボクはゆるキャラ(1)

××県蛇目(へびめ)町は、鬱蒼とした蛇目山を背にした小さな町である。名産がタケノコというが、出荷量は少ない。タケノコ料理を振る舞う店も、ネタに困ったテレビ局が採り上げた時だけ、微妙に賑わう程度だ。

山の中腹には、小綺麗だが小規模な蛇目神社が建っている。展望台も作ってあるが、狭く、いかんせん大した景色も拝めない。

町長の秦栄作は、ヘビ年の今年こそ町起こしを、と気合い十分だった。あらかじめ温めた策はあり、重要会議と称して、町役場の幹部連中に披露する機会を持った。

総務課一の、いや役場一ののんびり屋、榊原武司も呼び出されたが、雑用係だろうと軽い気持ちで会議室へ向かった。ところが、出席者に向かって座っている総務課長が、自分の傍らを指し示す。隣は町長だ。「榊原クン、よろしく頼むよ」との町長の言葉を聞いても、まだ雑用の事かと思っていた。

「さて、皆さん」。どうやら広報課長が仕切るらしい。ダンディーな広報課長の声は、いつも心地好い眠気を誘うが、今回は違った。特に榊原クンにとっては・・・。

「わが蛇目町は、ご承知の通り、県内に於いても認知度が低い町であります。いまだに、じゃのめと呼ばれる事が多い。そこで、昨年内に、秦町長からご提案がありました。ゆるキャラを創ったらどうかと。今回、試作品が出来ましたので、皆さんのご意見を伺おうと、お集まり頂いた次第です」

広報課長の合図で扉が開き、車輪の付いた木製の台に載った、とぐろを巻いたヘビの着ぐるみが現れた。全体は明るい黄緑色で、お腹の部分が鮮やかな黄色だ。赤い舌がクルッと巻いて、ぷらんぷらんしている様は、結構可愛いらしい。顔立ちも愛嬌がある。ヘビとはいえ、これなら子供も怖がらないだろう。

運んできた業者が、説明を始めた。「えー、ちょうど今、中に棒を入れてますが、それと同じように、頭からすっぽり被る形になります。あくまでヘビですが、手と足がないと動きにくそうですから、小さいながら作ってみました。手はティラノザウルスみたいな感じになりますかね。足には赤いブーツを履いてもらい、とぐろからチラチラ見える程度になればなぁと思っています。それじゃ、実際に着て頂きましょうか」

「そうですね。じゃあ、榊原クン」広報課長の呼び掛けに一瞬戸惑ったが、あ、試しに着る役なんだなと思い、榊原クンは進み出た。
最初は重たく感じたが、重量のバランスを考えてあるのか、思ったより動きやすい。手も、5本の指がキレイに入るので、物も掴めそうだ。そして、計ったように、自分の顔の位置の生地が薄く、外も見える。周囲で感嘆の声が上がり始めると、試着役ではあるが、ちょっとおどけたポーズを取ってみる。拍手喝采だ。

しかし、長くは続かなかった。彼は埃アレルギーだったのだ。ピッタリした着ぐるみの中で、手を使えずにクシャミを連発するのは、ちょっともう、アレである。顔を大きく避けられないので、飛沫を大量に浴びてしまう。しかも、周囲が脱がせてくれなければ飛沫地獄は続くのだ。

「キミ、大丈夫だったか」「ふぁい」地獄から生還し、やっとハンカチが使えるようになった榊原クンが、総務課長に事情を説明した。

「そうかそうか。一応、マスクをして入らにゃいかんな。まぁ、キミしか入らんから、自分の飛沫なら我慢できるだろ。ははは」
「ふぁ~い。ふぇ?ボクあブッとひゃいるんれすきゃ?」榊原クンはようやく事情が飲み込めた。
「あれ、言ってなかったっけ。キミ、忘年会の時、ゆるキャラの中に入ったら楽しいでしょうねって言ってたじゃないか。だから、町長に推薦したんだよ」いやいやいやいや、それ違う。課長の話に合わせただけだ・・・しかし、基本的に人の善い榊原クンは、「ああ、そうでしたね」と頷くしかなかった。

「最初からキミの体格に合わせてあるんだよ」と広報課長が付け加えた。「そうだ!アレルギーも利用すれば良い。クシャミ予防にマスクを着けるというのはどうでしょうか?尾崎さん、ゆるキャラ用のマスクも念の為、作っといてもらえますか?」業者は満面の笑みだ。

「名前はどうしようか?」町長が言うと、全員頭をひねり出した。やがて、センスの無さで有名な経理課長が提案した。「ヘビもんというのはどうです?」「それ、くまモンの真似では?」「その真似を逆利用する手もあるのでは?」「ああだこうだ」「そうだそうだ」・・・様々な意見が飛び交った。ただひとり、榊原クンは、これからの自分の行く末ばかりが頭に浮かび、うわの空だった。

結局、名前はヘビもんで、大型マスクもプラスする。数字が、鎌首をもたげた形にも似ている2月2日にプレス発表。年末の「ゆるキャラグランプリ」で第一位を狙うといった大まかなアウトラインが決定された。結構な話だが、予算の都合上、着ぐるみは一体で、榊原クンのみが担当するといった厳しい現実は、皆、あえて触れようとしなかった。しかも、町長は、榊原クンがヘビもんである事は、今回の会議に臨席した者だけの胸の内に留めよと強調した。

榊原クンは、家族や友人にも真実を告げられず、ヘビもんとして活動しなければならないのだ。最大の心配事は、最近出来た彼女の明美ちゃんだ。ゆるキャラが出演するようなイベントは、たいがい土日にある。理由も言えずに、デートを断り続けなければならないのだ。その辺は臨機応変に、彼女だけにはバラしたら良さそうなものの、明美ちゃんはお喋りで友達も多い。危険極まりないのだ。さてさて、どうしたものだろうか・・・。

(つづく)

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