●ヨメさんの姪が、難産の末、女の児を出産。新しい生命の誕生は、傍観者でも嬉しい。人生へようこそ、と歓迎したい。
●この赤ちゃんが15歳になる頃、私は71になるわけだ。とても想像出来ないし、想像してどうなるものでもない。ただ、年寄りになるのはさほど考えない(年寄りの基準も自分の中にはないが)が、死ぬ事は考えている。もちろん、死にたい訳ではない。死を意識する事が、生の自覚に繋がると思うのだ。我々が“体験”として得られるのは、全て過去の出来事。未来に目を輝かせても、絶望の嘆息をもらしても、結果は過去にならなければ分からないのだ。確実なのは、いつかは死ぬという事。その一点を見詰めれば、生きる事自体が愛おしくならないか。目標に向かって努力する事は素晴らしいが、それも、真っ当な人生を歩む姿勢有っての事だ。目指した職業に就いても、金持ちになっても、それと、日々粛々と充実した気持ちで生活していく事は、必ずしもイコールではない。自分の気持ちの中の生きる姿勢(人生観)と、他人の眼に映る姿とは微妙に違う。内宇宙に他人は入り込めないし、入り込む必要がない。
●今年は、ジミ・ヘンドリクス生誕70周年。彼が14、5歳の頃私は生まれている。そして、私が13ぐらいの時に彼は死んでいる。楽曲の権利関係が整理されてから、彼に近しい人たちの尽力で、次々と生前の未発表音源等がリリースされている。いずれも評判が良い。作品が魅力的だけに、多くの人がジミが生きていたらと考える。考えたくもなる。考えても良い。ただ、より彼の生きざまを感じたければ、彼の立場から考える事だ。たとえ、未発表作としてリリースされた作品でも、ジミ本人にとっては“未発表”ではないのだ。彼が生きた証だ。彼の短い生涯(生涯の長短も本来は云々すべきではないと思うが)の中で創り上げられた成果だ。70のジミを想像する面白さは否めないが、まずは、実在の人物としてのジミを感じる方が、私は好きだ。
Jimi Hendrix - Earth Blues
http://www.youtube.com/watch?v=Sao6m0guA-E
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