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【創作】今日子(3)

♪前回分まで

http://hajibura-se.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-8fb5.html

月曜日は曇っていた。まるで、墨が滲んで広がったような、もの悲しい気分になる空だった。僕は、どこも悪くないんだけど、かすかな胸のつまりを、朝起きた時から感じ続けていた。いや、正確に言えば、金曜日に今日子の家を出てからずっとだ。

今日子は、これまでも度々休んでいたし、担任の先生も特別な事は言わなかった。当然ながら、クラスの皆も、いつものように明るく振る舞っていた。

「どうした?腹でも痛いか?」と山倉が聞いてきたくらいだから、僕の様子は変だったのかも知れない。「いや、眠い」と適当に応えて、取り止めもない話をする内に、僕の気持ちも少しは晴れていった。でも、心の奥の曇り空は、分厚くはびこっていた。

その後、今日子は更に休み続けた。さすがに、クラスの誰もが気にし出し始めた。天気は日を追うごとに晴れていったが、クラスの雰囲気は、徐々に、翳りの中に封じ込まれていった

日曜日。外に出掛ける気にもなれず、昼飯の後にCDを次々と聴いていた。棚に並んだCDの上に載せたままの黄色い袋は、常に視界に入っていた。

いつになったら返せるだろうと考えていたら、山倉から電話が入った。あんなに沈んだアイツの声は、後にも先にも聞いた事がない。僕も全身の力が抜けた。身体が溶けて床に流れていくようだった。

今日子の死。とても重い事実なのに、現実として気持ちに入って来ない。予感していた事が実際に起きたのに、まだ予感の中に居続けようとしている自分が意識出来た。

葬儀の日・・・クラスメイト達の列は、今日子が眠る棺へと淡々と進んでいた。棺の脇には、白い布を底に敷いた長方形の箱が置いてあり、皆がそこに今日子からの“預り物”を返していた。誰が言い出したのかは憶えていないが、僕にも事前に連絡があった。

ぬいぐるみ、ペンケース、手帳、本、・・・男子も女子も、皆、何かしら手にしていた。僕も例のCDを持って来ていた。

すすり泣く者もいたが、だいたいにおいて、皆冷静だった。悲しみよりも、今日子にお礼を言いたい気持ちが先に立っていたんじゃないだろうか・・・。

棺の中の今日子は、ひと回り小さく見えた。縮んだ感じだ。いつもの眼鏡を掛けていたが、いつもの笑顔はなく、ひっそりと目を閉じていた。

僕は、遺体を見るのは初めてだった。まるで生きているようだと言う人もいるが、あれは嘘だ。少なくとも今日子には当てはまらない。棺の中に眠る今日子、いや、眠ってもいない、横たわっている今日子は、生きている今日子と全然違う。

彼女の時間は止まった。僕達の時間は動いている。難しい理屈は組み立て切れないが、今日子の時間を僕達はこれからも共有できる気がしていた。そうしたかった。

僕達が生きる事は、今日子が生きる事でもあるんだ。

(つづく)   

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