【創作】レスト・イン・ピース(1)
【創作】レスト・イン・ピース(1)
自分が何処にいるのか判らない。病院のベッドの上だとは思う。
看護婦が時々来るからだ。でも、医者も見舞客も一切来ない。
最近は、看護婦は俺の想像の産物ではと思うようになった。
病院に居るんだと、自分自身に言い聞かせたいのかも知れない。
何も見えないし、触る事も出来ない。そもそも、
自分の身体自体を自覚出来ていない。
自分が物質的に存在しているのか疑わしいのだ。
聴覚と嗅覚だけはある。しかし、それも空想なのかも知れない。
当然だが声も出ないので、相手に思いが伝わらない。
意識だけは有り、こうやって、あれやこれやと考えてはいる。
既に俺は死んでいて、自分でそれに気付いていないのだろうか?
いやいや、死んだら意識も無くなるんじゃないか?それとも、
脳だけが活動してるってわけか?
所詮、
人間死んだらどうなるかなんて誰も分からないんだろうから、
俺も世間的には死んでるのかも知れない。
いくら考えても結論は出ない。俺はとにかく、
この状況で居るしかないんだろう・・・。
「こんにちは」
いつもと違う声だ。
「今日から担当になりました。黒石あさみと言います。
宜しくお願いします」
看護婦が変わったのか。ご丁寧な妄想だ。
「月村さん、ミュージシャンだそうですね。
紅白にも出た事があるんですってね」
一回きりさ。あれはドラマの主題歌に使われたからな。まぁ、
紅白なんかどうでも良い。俺の舞台はライヴ・ハウスだ。
客が手を伸ばせば届くような距離で、唾や汗が飛び交い、
お互いの臭いまでをも感じるような、
そんな世界で俺は演奏し歌ってきた。
「私の兄がロックを聴いてて、
ジャックは本物だって言ってましたよ。
ジャックさんて言うんですね、月村さん」
ジャックにさんを付けたらおかしいだろ、へへ。まぁ良いや、
知ってくれてるだけで嬉しいよ。ありがとさん。
「はーい!ありがとうございましたー!」
そりゃ何のお礼だ?
ライヴ・ハウスといえば、自分がこんな状態になる直前、
ギーちゃんの店で演奏していたのを思い出した。たぶん、
あの時だ!
「ジョニー・B・グッド」でダック・
ウォークに入るタイミングがずれたんだ。
そのまま強引にやってしまえば良かったけど、
もう一度立ち上がろうとして、バランスを崩したんだ・・・で、
そこから先の記憶が無い。
でもなぁ、それが生きていた最後の記憶とも思えないんだ。
存在は感じなくても、頭は働いてるって思ってたけど、
それだって怪しいもんだ。
まったく!どうしたんだ、俺。
(つづく)
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