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スタンディング・イン・ザ・レイン

●局地的な豪雨は地球温暖化の所為だとか。自然の方で勝手におかしくなっている訳ではない。「異常気象」という言葉の「異常」の原因は何なのかは明確に意識しておくべきだ。

●雨のなか車で走っていると、突然、雨どころか路面自体も乾いている箇所に入ったりする。その極端さが昔より激しい気がする。「局地」の範囲が狭まったかのようなのだ。考えてみると、私ら世代が小学生の頃と、現代の小学生では「雨」に対する感じ方も違うのではないだろうか。天気の極端な変化は、デジタルでゲーム的な感覚に繋がりそうだ。願わくば、大雨の被害に苦しんでいる人達をも、ヴァーチャルに捉えないでほしい。

●先日は外の仕事で、レインコートを着てしばし雨に打たれた。ルーティンワークから外れるのは好きな方なので、却ってストレスを感じない。だが何か微妙に違う。大学時代、ラグビーをやっていて、雨中の試合も多々有った。大抵は土のグラウンド。悲惨な事になるが、案外プレイしている方は気持ちの好いものだ。敵味方関係なく、妙に連帯感も生まれる。あの頃の雨に比べ、現代の雨は随分汚れているんだろうなとふと思ったのだ。すると、雨脚が激しくなった。大きくなった雨水の粒を顔に受けていると、汚いなんて気持ちは消え去った。新鮮な水の勢いを感じた。気分が高揚し、かつての泥んこラグビーの、屈折した爽快感が呼び覚まされた。

♪Ann Peebles "I Can't Stand The Rain"

https://www.youtube.com/watch?v=RfivzUF9dp4

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