レクイエムを超えて
吉村昭著『冷い夏、熱い夏』<新潮文庫> (90)※単行本初版84年
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...末期癌に侵された、著者の実弟がモデルとなっている。「一卵性双生児」と呼ばれるほど仲の良かった二人。病状の進行と共に、著者自身も体調を崩していく。当初は、癌である事を、本人ばかりか周囲にも隠す心積もりで、それも又、多大なストレスとなったろう。加えて、本来なら察しの良い弟が、兄の言葉ならと信じている様子が、悲しさを増す。病状の悪化につれ、余命数ヶ月という状況を知らぬまま、病と闘う姿は鬼気迫るものがあるが、兄への信頼が根底にあるのも伝わる。著者の言葉をその通り信じていたのか、判っていながら気付かぬ振りをしていたのか、結局はどちらでも良い事だ。
小説家の凄い所は、弟の死を通して、普遍的な死生感を読者に意識させる部分だ。亡くなる側にしてみれば、最後の最後まで生きようとする姿勢。それは、頑張りというより、人間の本能のような気がする。遺される側は、崇高な思いと、現実的な感覚を折り合わせ、その日を迎えなければならない。作品の中で、自然の移り変わりや、何気ない街中の風景が描写される。深い悲しみの気持ちとは対照的なのだが、そこで、現実的な視点を得られる。
死を迎える事は重大時なのだが、毎日の生活の流れの一つであり、生活自体が、すべからく貴重なのだ。
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