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母親の死

お盆を過ぎた16日日曜、昼の12時10分、母親が亡くなりました。

今年の春先に、いつ最期を迎えてもおかしくない状況と言われ、何度か姉から連絡があり、病院へ向かっていました。その都度回復し、生命力の強さを見せていたのですが・・・。

今回は、ちょっと姉の電話も慌て気味ではあったのですが、今度も大丈夫じゃないかという安易な気持ちが強かったです。しかし、車を出して10分も走らぬ内に逝去の知らせが入りました。姉も間に合わない状況でした。最後は正に「老衰」で、苦しむ事もなく、自然に亡くなったそうです。

一週間ほど前でしょうか、見舞いに行った時は、異常にテンションが高く、ベッドから起き上がるんじゃないかという勢いで喜んでいました。よく面倒を見て頂いた叔母(母と歳の離れた妹)が、別れ際に「たまには握手でもしていきなさいよ」と半強制的に母の冷たい手を握らせました。それが母の笑顔を見た最後でした。

その後あまり思わしくなかったらしいのですが、亡くなる数日前には、姉に「線香とロウソクの用意は良いか」と尋ねたり、前日には状態が良かったので、三か月ぶりぐらいにお風呂に入ったそうです。また、姉が「そろそろ髪の毛切らんといかんね」と言うと「いや、アッチで切ってもらうから良い」と言ったとか。偶然と言えば偶然なのでしょうが、母にはある種の覚悟があったような気がします。いつも「なかなか死なんねェ」がブラックな口癖だった母の、本気を感じます。

「偶然」を更に考えると、私は、前日同窓会に出席できました。亡くなった日の朝に散髪も行けました。葬儀の日も、曇りや小雨で、列席者の方々に気を遣ったのではないかと思えました。

葬儀も、近隣のご友人始め、想定以上にお別れに来て下さいました。母ののほほんとした性格、他人の悪口などまず言わない性格は、多くの方に慕われていたと思います。母は特別趣味を持っている訳でもなく、旅行を楽しむタイプでもなく、母としての務めを全うした人でした。心配性で愚痴もこぼしましたが、邪気がないため、ユーモラスな言動に映りました。

私は心配を掛ける事が多く、「親不孝」な息子だったと思います。ましてや、形として残るような「親孝行」はほとんどした事がなく、恥じ入るばかりです。これから、家族を幸せにしていく事が親の世代への「お礼」だと勝手な理屈をこね、また母親に愚痴ってもらいたい気持ちです。合掌。

Aretha Franklin - A Mother's Love

https://www.youtube.com/watch?v=NjNnu-F8yzI

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