●山王かおり著『書く人の幸福論~書いて、生きる』<ブイツーソリューション>(26)。
就職活動も会社勤めもせず、著者(以下、noteでのペンネームkaoriさんの方が親しみがあるのでそう書かせて頂く)は「フリーライター」の名刺を作っただけで社会に出た。もちろん大変だった。気持ちが折れそうになる事もあった。しかし、仕事がうまくいかなくても書くことをやめなかったのは、書くことで自分が幸福な気持ちになったからだそう。彼女を支えたのはその幸福感だ。文章を書くのが好きな人が一編書き終えて感じる「達成感」とは少し違う、その後の生きる力にまでなる「幸福感」だ。タイトルにも掲げられている通り、これは本書を読み進める上での大前提となる。
「文章を書く」というと「書き方」から入る人もいる。それが間違いという自信は私には無いが、その前に「思い」を育てる事ではないだろうか。その為に必要なのは考える事だし、考える為には題材が要る。題材は世事や音楽や映画や小説などに存在するが、必要なのはそれを題材として感じ取れる「感受性」だ。取材ライターであるkaoriさんも事前準備、事前学習の重要性を上げられている。取材対象に関する情報を得る目的もあるが、質問事項などをあらかじめ考え(現場でとっさに変更する柔軟性も必要だが)、相手の言動と合わせて読み手に伝えるべきことをつかむのだ(正確には書くことでつかんでいく)。
kaoriさんが初めて面接を受けた会社で出た入社試験の「問題」は、面接会場での社長の話をまとめることだった。まずは素直に感激したkaoriさん。文章を書く意欲も出て「解答」に工夫もする(テクニックを使うが感動に裏打ちされている)。しかし、そこの会社は「正社員」を募集していた。組織に埋もれたくないkaoriさんは「フリーライター」として書きたいという条件を通そうとする。通常であればハネられるだろうが「使える人物」というのが伝わり(というか文章の力だと思う。社長もまた感受性のある人なのだ)見事合格。ライターとしてのスタートが切れた。
この本を読んでいると「感受性」のバトンが渡される話なのではないかと思った。前記の社長や後に数々インタビューする相手の話を聞く事で、kaoriさんの「感受性」はより豊かになる。kaoriさんがこの本を書いたのは、その「感受性」を読者に手渡したいのだと思った。こういう考えに至ったのは30ページぐらい読んだ時点、全体の7分の1だ。尚、kaoriさんは「あなたの足もとを照らしたい」と書かれている。また、文章のテンポも感受性に響く一因だろうと思う。極力難しい言葉や漢字は使わず、センテンスは短めなのでスイスイ読めて心に届く。表現すべきことを吸収して、まず自分が感動しその感動を正確に伝える。それはライターとしての能力ではあるが、それ以上にkaoriさんの人間性なんだと思う。人間性があらわになった文章なので読んでいて心に沁みていく。そして読者の「感受性」も刺激されるのだ。
やがて、日本酒関連の業界誌に関わり、「なんでも屋」状態から「専門的なライター」としてのスタンスを得る。それも積極的に歩を進めた結果である。ライター志望の方がこの辺りを読むとそれこそ「足もとが照らされる」のではないだろうか。次から次へと仕事に出会い仕事をこなしていくと自信にあふれた人を連想する方もいるかも知れないが、kaoriさんは小さい頃から「劣等感の塊」で、文章を書いて一定の評価を受けることで「書いていいんだ」と自覚し、気持ちの深いところで自信となっていったのだと思う。私は個人的には「劣等感」も使いようだと思っている。劣等感を意識すると自信満々とした文章は書かない。対象をクールに捉えて、過剰にならない必要な熱量が込められると思っている。文章を褒められたからと言って「私は文章が上手いんだ」と思っていると足元を掬われる。まず書くことが好きでなければならない。上手く書こうとしたらそれこそ上手くいかない。好きだから書く姿勢がまず無いとダメだと思うし、この本を読んで改めて思った。だからこそ書くことが「幸福」につながるのだ。また、書く仕事をギャンブルと呼ぶkaoriさんの覚悟もまた潔い。侍のような覚悟があるからこそ仕事に真剣味が加わる。
取材ライターとして重要なことが印象的なエピソードの中で語られる。お店の紹介をするのに、どういう物がどのくらいの値段で食べられるのか、雰囲気はどうかといった情報は理解を生むだろうが、読み手の側だけに立つ取材文ではなくお店側の気持ちに寄り添った文章を書けば、一歩進んだ「本当の魅力」に触れることができる。多くの情報より奥深さだ。取材に限らず「文章を書く」行為で必要な姿勢だろう。
また、具体的に「取材ライター」としての心得にも触れられている。これは同業の、しかもスタート仕立ての方には参考になるだろう。ここを具体的に書くとネタバレに近いものもあるし、私が何か間違って伝えるおそれもあるので割愛する。是非参考にしたい方は本書を手にしていただきたい。私は「取材ライター」ではないが、かなり参考になると思う。kaoriさんが書かれている言葉ではなく私の解釈として書くなら、取材相手とライターの間にも「感受性」のやり取りが存在しており、良い記事とはそれを表現することではないかと思う。取材相手によって最も言わんとすることは違う。必要十分な記事をめざすことかと思う。
また、「とにかく書く。書きたいと心が動いたことが、書くべきことなのだと自分の感性を信じて」とも述べられている。確かに文章は文法で書くのでははなく(文法は単なるルール)、心で書くものだと私も思う。時には文法が崩れても(プロのライターはダメだろうけど)気持ちが伝われば良いと思う。だから子供の文章に我々は感動する。文章に感動するのではなく背景にある書き手の気持ちに感動するのだ。
感性を信じて書けば道筋が現れると書かれているが、そこは感性+経験だろうとは思う。しかしとにかく書かなければ始まらない。最終的に、組み立て直す苦しくも楽しい時間が訪れる。プロでもない私が言うのも何だが、わかる気がする。書くのが好きな人はみんな思い当たるだろう。
クライアントの「感受性」を受け止め常にフレッシュな気持ちで原稿を書き進めた上で「高い評価」を得なければならないとkaoriさんは言う。それがkaoriさんなりのプロフェッショナルの流儀なのだろう。
結局は「人間関係」なのだなと思う。kaoriさんの仕事関係の方々(雇い主、先輩ライターなど)、取材対象の方々の厳しいひと言、愛あるひと言がライターとしてのkaoriさんを育てた。また、ライターは孤独な作業のように思えるがチームワークの重要性にも触れられている。
「人間関係」から思わぬ展開を呼ぶ事もある。あるライターさんから激安案件を受けた事で新たな大きな仕事に繋がったり。それは運もあるかも知れないがkaoriさんの仕事ぶりが引きつけた運なのだろう。実績があるから次の実績を生んだのだ。
褒められれば飛び上がって喜ぶし、うまくいかなかったらドスンと落ち込む。真剣に書いているから素直に態度に出るのだ。エピソードを読んでいるとこちらも感動が止まらない。この本自体も真剣に書かれているからだろう。
なぜ、kaoriさんはプロのライターになれたのか。自分にはこれしかないと諦めなかったことだと仰る。諦めの悪さと凝りない性格があったから続けて来られたと回想される。これが一番重要なことかも知れない。
文章論で言うと、kaoriさんが文章を書くときにモットーとしているのが「読みやすい、わかりやすい、飾らない」文章を心がけること。さらにプラスして読んで面白い文章=客観的でドラマチックな文章を理想(目標)として上げられている。ロジックは理解できるが実行はなかなか難しい。でもそれが楽しいというのは、これも書くのが好きな人はわかると思う。
ガンとの闘病生活を送られはじめたとき、これから先「自分がやりたいこと」に考えが及ばれた。さんざん考えた上、自分はただ書きたいだけだということに気づかれている。これは終盤で出てくるエピソードだが、そこまで読んでいる側からするとこの結論は読める。つまり、書くことに幸福を感じる人にとって、書くことこそが生きがいだろう。スタートラインをもう一度意識できたことでkaoriさんは進化した。今後はアーティスト的な活動も視野に入れておられ、この書籍も成果のひとつだ。kaoriさんの今後のライター人生にさらなる幸福感が訪れるよう願うばかりである。
※良い文章を書くのに必須なのは「構成力」であるという記述を読みながら、ブツ切りな文章になってしまった。変に読みにくいかと思う。加えて、伝えるべきことを正確に伝えきれず「感受性」という言葉を使いもっともらしく書いてしまった(改めて書いておくとkaoriさんは感受性という言葉を主として使っていない)。ただ、言い訳半分であるが、ブツ切り調の方が本書を読みながらポツポツと心に残った箇所を拾い上げた感覚が伝わるかなとも思い、あえてそのままにした。結論的には、とても読みやすく、わかりやすく、飾らない文章でドラマも感じる一冊だった。人の気持ちはここまで伝わるのだ。


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