2025年11月28日(金)私は枯れ葉、そして落ち葉
昨日の事だが、100均に行ったのは、ヨメさんがハンドメイドで作っていたクリスマスツリー代わりの作品(クリスマスカラーのドーナツ状の布作品を重ねたもの)の突端にオーナメントを付けたいというのが理由だった。結局、ちょうど良い感じの大きさの、金色の星形の商品があったので、一緒に買った菜箸に取り付け、無事完成したという話。
晴れ。最高気温14℃。最低気温7℃。紫外線10時「弱い」→17時「なし」、天気痛9時「警戒」→15時「警戒」、pm2.5「やや多」。
朝食は、うぐいすブレッド、キウイ入り自家製ヨーグルトにオリゴ糖、インスタントのホットコーヒー。
落ち葉が増えて来て、朝の玄関前の掃き掃除もやり甲斐がある。ウォーキングの路上にも多数枯れ葉が落ちている。何となく物悲しくなる風景ではある。そういうのは若い時にも感じたが、68歳になって抱く感情と、微妙な開きがあるような気がする。若い時は、その風情から何か新しい想いにつなぐような、カッコつけて言うならクリエイティヴィティの種になったように思う。68歳という立場だと、落ち葉に自分の姿を重ねてしまう。受け止めてそれで終わる。少しは何かが生まれるかも知れないが、まずは、受け止める気持ちがなんだか心地良い。
ヨメさんが美容院に行くので送り、私は近所のショッピングセンターの休憩スペースでスマホを使い日記を書いたり、本(角川文庫の西村賢太著『一私小説書きの日乗』)を読んだりしていた。ボトル缶のミルクココアと共に。ヨメさんは携帯を忘れたので、そろそろと思う時間に美容院そばのドラッグストア駐車場で待つ。その間も文庫本を読む。西村賢太さんの、何に対しても真正面からぶつかる姿勢は過ごす。トラブルも起こすが、その場は大人の姿勢を取らなくても一度交流が戻ると心底から感謝の気持ちを表したりする。身を削って文章を書き綴る作家は凄まじいものがある。
スーパーマーケットに寄りお昼用に弁当などを買う。おかずがあれこれ乗った「満腹弁当」。帰宅して食べたが確かに満腹弁当だった。それでいながら食後にぜんざい。西村賢太さんの食欲はこんなもんじゃない。それも凄まじい。
ヨメさんがDVDを予約したいと言うのでよく行くショッピングセンターへ。恒例のカルディのサービスコーヒーもちゃんと頂く。
夕食は、卵かけ御飯に海苔ふりかけ、ミニハンバーグ、焼き揚げ、レタス。食後に富有柿(まだ完全には熟れていなかったようだ)。
“若い頃”流行ったアルバート・ハモンド「落ち葉のコンチェルト」。原題が「For The Peace Of All Mankind」=「全人類の平和のために」だそう。73年だから私は高校1年(昔の洋楽は、ちょっと流行が遅かったかも知れないが)。よく聴いた曲で、思い出とつながるわけではないが、その頃の“空気”に何となく浸れる。
♪ Albert Hammond - For The Peace Of All Mankind (落ち葉のコンチェルト)






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