2026年4月3日(金)スイート・ルームとニーナ・シモン
朝からよく晴れてはいるが少し寒い。最低気温8℃。最高気温22℃。紫外線15時台まで「やや強い」、天気痛18時台「やや注意」、21時台「注意」、乾燥状態15時台「やや乾燥」、花粉18時台まで「非常に多い」、pm2.5「やや多」、強風・波浪注意報発令。
朝食は、御飯に小ねぎ入り納豆、玉子焼き、ウインナー、舞茸の天ぷら、大葉の天ぷらなど、白湯。
知らなかったのは私ぐらいかもしれないが、「スイート・ルーム」は「sweet room」ではなく「suite room」だそうだ。「suite」は「ひと続きの部屋」という意味。なんか「sweet」の方が味がある気がするが・・・いずれにしろ縁は無い。
ヨメさんは朝から外出したので、ライナーノーツの原稿書きに集中した。スマートテレビのYouTubeで音源を聴きながら、原稿を修正していった。もうほとんど出来上がったが、まだ日にちはあるので何度も読み返したい。
お昼はカップ焼きそば(塩)。食後にまんじゅうあいす、エントリークラッカー、アイスコーヒー。ヨメさんが帰ってきて蜂楽饅頭。
ネットフリックスで『ニーナ・シモン 魂の歌(What Happened, Miss Simone? )』を鑑賞。天才的なピアノの才能がありながら教育機関からも差別的扱いを受ける現実。カーネギーホールでクラシック音楽のコンサートを開くことを夢見て実際はクラブ歌手として働く。警察勤めの夫と恋に落ち、マネージャーを務めてもらい、仕事は入り忙しくなるが夫の暴力を受け続ける。しかし離れることができない。そんな彼女を“自立”させたのは公民権運動だった。クラシックでもポップでもなく「公民権運動歌」ばかり歌うようになり、思想的には暴力的になる。一方では精神的な病も抱えながら、キング牧師の暗殺で最悪の社会が浮き彫りになり、やがてリベリアへ移住。彼女にとって理想の国であるリベリアで楽しく暮らし、ピアノさえ弾かなくなり歌も歌わなくなる。音楽家としてのニーナを喪った。一方、呼び寄せた娘には暴力をふるい精神的に自らを追い詰めていく。ヨーロッパに移住しても音楽活動がうまくいかず、ホームレス状態で音楽的にもレベルが落ちていく。どうにか友人たちの助けで立ち直り、身体機能に影響のある副作用の強い薬を服用しながらも、再び不世出の音楽家として復活する。結局、「音楽」がニーナの才能となり、苦しめる原因ともなり、復活の炎ともなった。多くの演奏シーンが観られるが、選曲だけでなく表情や態度も含めその時々の彼女の人生が反映していることが感じられる。そして彼女のピュアな人間性の証明へとつながっていると思う。
夕食は、御飯、ヨメさんがデパートで買ってきたコロッケとメンチカツ、アボカド、ひよこ豆とサニーレタスと千切りキャベツとトマトのサラダ。食後に自家製甘酒。
今日は、ライナーノーツ用音源はたっぷり聴けたし、ニーナ・シモンのドキュメンタリーは愉しめたし、なかなかの「sweet room」でした。
ローリング・ストーンズ『アフターマス 1965-1966 デラックス・エディション』から(4)「Under My Thumb」。何度もライブで再演しているが、やはりこのオリジナルは独特の魅力を持っている。初期ストーンズの独特のニオイを放つサウンドに満ちている。ブライアンのマリンバも効果的だ。
♪ The Rolling Stones - Under My Thumb

















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